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「どうしてって……そんなの決まってる」 「うぅっ」  スラックスを引きずり下ろされ遥人が痛みに小さく呻けば、「痛かった?」と聞いてきた玲が遥人の体を仰向けに返し、傷痕の残る左の脚を労るような手つきで持ち上げた。 「酷い痕。これでよく、また歩けるようになったな」 「玲、もう……やめて」  長い指先が掠めるように傷痕へ触れてくるものだから、くすぐったさに遥人は制止を求めるが……まるで聞こえていないかのように、玲はまじまじと脚を見つめる。 「こんな傷……つけられたのに、それでも遥人は大雅がいいの?」 「それは……」 「俺のだって約束したのに、遥人は嘘吐きだ」  抑揚もなくそう言ったあと、傷痕へ舌を這わせる姿に遥人は言葉を失った。なぜなら、彼の浮かべる綺麗な笑みには怒りや陰りの色がない。  この違和感はなんだろう? 言葉ではうまく表せないが、どこかちぐはぐな玲の様子に、何かが狂っていることだけは本能的に感じ取った。  「どうしてこんなことするのかって聞いたよな。そんなの……逃げた罰に決まってる。逃がす計画自体、遥人は知らなかった筈だって春日が言ってたから、さっき攫われたって答えてれば、少しは優しくできたのに……ホント、バカな遥人」 「やっ……っ!」  淡々とそう告げてきた玲が、腕をこちらへと伸ばしてくる。逃れようもなく、抱きしめられたと思った刹那、体がふわりと宙へ浮いた。  立ち上がった玲に体を抱き上げらてしまったのだ。 「玲、何を……」 「シャワー、一人で浴びさせてやろうって思ってたのに、素直に言うこと聞かない遥人が悪い」 「嫌……だ。お願いだから、こんなことやめて。話を……」 「止めない。話、続けていいよ」  こんな状態で何かを話せる筈もなく、抵抗しようと身動ぎするが、彼は全く動じない。  結局……空のバスタブの中へと降ろされ、覆い被さってきた玲によってシャツのボタンを外される間、笑みを象る薄い唇と、こちらを見つめる綺麗な瞳から目を逸らせなくなってしまい、意志と裏腹に体が竦んで動くことすら出来なくなった。

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