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 ――今、だから。  今の遥人に逃げ出したいという選択肢は浮かんでいない。  出会った当初は玲のことを知ろうだなんて思わなかった。玲も多くを語らなかったし、恐怖でしかない相手のことを、理解しようと思える余裕は誰だって持てやしないだろう。 「玲、俺は……知りたいと思う。玲は俺が忘れてるって言うけど、俺はなにを忘れてるの? 話してくれなきゃ分からない。だから……全部、話して欲しい」     玲の頬へと手を伸ばし、遥人はゆっくり言葉を紡ぐ。と、深いため息を漏らした彼は、遥人の掌へキスをしてから、「しょうがないな」と囁いた。    *** 「やはり来てしまいましたか」   久しぶりに会う春日の姿は多少やつれたように見えるが、細身のスーツをキッチリ着こなすその佇まいに隙はない。 「ここに居るんだろう。中へ入れろ」  昨日、出張で上京していた遥人のスマホのGPSが同じ場所で留まった。会社の先輩と一緒にいると聞いていたから、終電を乗り過ごし、ビジネスにでも泊まっているのかと考えていた大雅だが、朝になってその推測が間違いであると教えられる。 「それは出来ません」 「呼び出しておいてそれはないだろう」    目の前にいる春日の手には遥人のスマホが握られており、彼が電話を掛けてきたから大雅は異変に気がつけたのだ。

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