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「どうぞ」
最上階のフロアへ進むと部屋の扉を開いた玲が、口元に薄い笑みを浮かべて遥人を中へと促してくる。
「おじゃまします」
広い玄関で靴を脱ぎ、玄関だけで自分が住んでいるアパートの半分くらいはありそうだなどと考えていると、「遥人、こっち」と名前を呼ばれ、遥人は慌てて玲に続いた。
このマンションに来るのは初めてだ。
6月に再会して、以降何度か会ってはいるけれど、大学が夏休み期間の玲が訪ねてくるだけで、遥人自身は仕事があったから東京へは出ていなかった。
思えば、学生だった時代から、玲の住んでいたマンションはどれも豪華で立派だったから、今更そこまで驚くことはないけれど、それでも綺麗で広い室内に遥人は萎縮してしまう。
「そこ、座って」
「あの、荷物をありがとう」
「気にしないでいい」
指し示された大きなソファーへと浅く座った遥人の脇に、玲がデイパックを置く。
そのまま遥人の足元へ……玲がいきなり膝をついたから、何事かと驚いた遥人は立ち上がろうとしたけれど、彼の発した一言によってその動きをピタリと止めた。
「怖い?」
「怖くはないけど、緊張……してる」
本当は、全く怖くないかといったら嘘になる。けれど、緊張の方が遙かに心の大きな部分を占めているから、遥人はそう玲へと告げた。
6月に再会して以降、玲は3度、遥人の住む街へと来た。しかし、いつもその日に帰っていたからアパートへは招いていない。
会うのはいつも数時間で、昼食を一緒に食べたり映画を見たりはしたけれど、こうして二人で部屋にいるような状況は、その間ただの一度もなかった。
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