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……嘘吐き。
そんな呟きは声になる前に、薄闇に溶けて消えた。
「先生」
そのやけに穏やかな色の瞳で俺を見たクソガキに向けての言葉か。はたまた分かっててこの家に足を踏み入れた、薄汚い大人の俺にか。
「飯島とあれからセックスしたの?」
まるで天気の話をするみたいな顔で、橘は聞いた。
生徒の部屋で、教師がふられる話題じゃない。
「ンなワケねぇだろ」
「えー」
この状況でヤってたら頭おかしいだろうが。
のらりくらりと躱しているうちに、聡い彼女は察してくれたらしい。今じゃすっかりただの同僚だ。
「女を抱いた後の先生を抱いてみたかったのにぃ」
「あのなぁ……気色わりぃこと言うな、変態」
やっぱりこいつエロガキで馬鹿な奴。
……っていうか、俺が抱かれるのかよ。
「先生さ。最近、慣れてきちゃったでしょ? オレのちんこしゃぶるの」
「慣れるわけねぇだろ。……あんなこと」
「ふーん? まぁでもそろそろ次のステップ進みたいんだよねぇ」
「つ、次って……」
フェラすらあんなに抵抗あったのに。
次って。まさか
知らず知らず、唇が戦慄き拳を握りしめた。
「可愛すぎでしょ……オレの事、殺す気?」
胸元を抑えて、喘ぐフリをしてから彼は笑う。
……そういや『余命1ヶ月』だなんてふざけた事ぬかしてたな。
心臓病だなんて申告聞いてねぇぞ。っていうかそのネタ、まだ引きずってたのかよ。
「さて。ということで……ほら脱いで」
「は、はぁ!? 」
こういうのって色々準備っていうか……あるんだろ?
ファンタジーじゃねぇんだぞ。そういうのすっ飛ばして出来るかよ。
「……っはは、先生ったら」
慌てふためいた俺がそんなに面白かったのか、小さく吹き出す。
「本当処女みたい……あ、処女か。大丈夫、少し触ってみるだけだから。怖がらないで」
聞き分けのない子供を諭すみたいな口調。
「ゆっくり脱いでね。色っぽく、少しずつ」
「チッ……この変態め」
「この変態に今から裸を見せる気持ちは?」
「死ね」
「あははは、はい。お喋りもいいけど……ね」
「くそっ……」
ジャケットを脱ぎ、ネクタイを投げるように外した。
シャツのボタンに指を掛けて、横目でチラリと彼を見る。
「いいよ。続けて」
目を細めて口元には笑み称えているこの男の視線は、俺の身体を舐めるように見ていた。
「くっ……」
奥歯を噛み締め視線を逸らして、ボタンを一つ一つ解いていく。
かじかんだように、指が上手く使えない。もたつく手に癇癪を起こしそう。
最後は半泣きになりそうになって、ようやくワイシャツを脱ぐ。
「……」
「?」
反応があまりにも薄いので顔を上げれば、今にも吹き出しそうな彼がいた。
ぷるぷると震えて今にも爆笑しそうな口元。細められた目。
「な、なんだよっ」
「そのインナー……色気っ、無さすぎ……ぶフッ……ベージュて……くくっ……」
ワイシャツの下にインナー着てるのがそんなにおかしいか!?
本来ワイシャツ自体が下着扱いだからマナー違反だって話も聞くけどさ。
やっぱり気になるだろ? 汗とか。
あと浮くのが……乳首、とか。
そして一番目立ちにくいっていうのがベージュなんだぞ!
腹抱えて笑いやがって!
さっきまでのエロい雰囲気はどこへやら、顔を真っ赤にして身体二つ折りで笑い転げる不遜なガキに俺は憮然としつつホッとしていた。
なんだ、こいつもちゃんと年頃の可愛げあるガキじゃないか。
これで妙な雰囲気も吹き飛んで、とりあえず今夜は解散だろうとさり気なくワイシャツに袖を通し始めた……その時。
「先生、なにしてんの」
「えっ」
ピタリ、と笑いを止めて真顔を向けられた。
その目の冷たさに息が詰まる。
「まさか、逃げられるとか、思ってないよね?」
「な、何を……わぁッ!」
いきなり手を引かれた。
勢いでベッドに引き倒される形で、視界が不自然に回る。
「可愛過ぎだよ、あんた」
「橘……お前」
俺の上で、赤い舌でぺろりと薄い唇を舐める彼を見た。
いつもは穏やかな光を映す瞳。それが明らかに分かる欲望に燃えたものになっている。
男なら大抵持っている征服欲や支配欲。それらを、この若い教え子にみた瞬間の恐怖。
「震えてるの? 大丈夫……」
指が。人差し指が、細い線を描くような動きで俺の首筋をなぞり、そのままゆっくり降りていく。
胸元まで。
「ここ、浮き出ちゃったらイヤだもんねぇ」
そんな事を揶揄い口調で言いながら、指が乳首に触れた。
「っ……ぃ……や、めろ……気色、わる……」
「本当に?」
「ひッ……! ぁ、くぅっ……」
突然そこを摘まれ、上がった声は死にたいほど恥ずかしいもので。
意地の悪い笑みを深めた彼の頬を張ってやろうとも、易々と押さえつけられシーツに縫とめられる。
「まさか乳首弱かったりする?」
「っ……わけッ、ねぇだ、ろ……っあッ!」
「嘘吐きィ~」
彼はおどけたように笑った。笑って、くりくりとそこに絶妙な刺激を与えてくる。
その度にひどい声は出るし、腰も引けたり跳ねたりするし散々だ。
「『普通』男がこんなトコロ感じてアンアン言わないよ? 」
確かに俺は嘘吐きだった。そこは割と弱い。
前のカノジョがややSっ気持ちで、仕切りとそこを弄ってくるものだから、開発されたってこともあるが。
しかし普通じゃないと暗に言われて、メンタル抉られない訳がない。
「う、うる……さ、い……ぁ、やめっ……ぁあ……」
「ビクビクして可愛いなぁ。ここも、固くなってきた」
「っ……触んなっ……んあッ!」
兆した性器をゆるゆると下着越しに触られ、腰がはしたなく揺れてしまう。
「ははは、感じまくってるじゃん。欲求不満だったの? 飯島と最近ヤってないもんねぇ?」
「お、お前っ、またストーカーみたいに……ッ」
じゃなきゃ、あんなに写真と撮れない。
全然気が付かなかった、俺が間抜けにも程があるが。
「うん、そう。オレは先生のストーカー」
そう優しく言うと、赤い舌を出して首筋に。
湿った感覚がそこを這い回り、かかる吐息に泣き出しそうな気分になる。
「やめ……やめて、くれ……いッ、吸い付く、なァッ!」
「キスマーク付けちゃった。ここ隠れる、かなぁ?」
楽しげな声。
残酷な子供が虫や小動物をいたぶる時のような。
10歳程離れた年下に、しかも生徒とこんな事になるなんて……。
「先生、ほら下着脱いじゃおう」
「や、やだっ……脱がす、な……!」
「うわぁ、べたべた。お漏らししたみたいだね」
器用に俺の抵抗を身体で抑えながら、下着を取り去る。
インナー一枚に、下は露出という情けない姿。
さらに彼の身体が足と足の間に割り入られて、閉じられない。
「くそっ。この変態がッ、死ね! ……ぁ゛!」
「もう先生ったら。生徒に言う言葉じゃないでしょ」
口汚く罵る俺の事なんか意にも返さず、性器を握りしめる大きな手に翻弄される。
「ん……ぅ……っ、くぅ……っ……」
「遠慮せずに声出したら良いのに。ほら唇切れちゃうよ?」
必死で唇を噛み締めるものだから、血が滲んだらしい。鉄臭い味が広がる。
「我慢する顔も可愛いね」
甘い声でそんな事をほざきながら、そこを扱く手つきは確実に俺を追い詰めていく。
さすが同性だけあって、責める箇所が絶妙過ぎて癪に障る。
もうそのニヤついた顔も今居る場所も全部見たくなくて、目を強く瞑ってしまえば。
ほら何も見えない。
……でも見えないことで、さらに快感に攫われそうで怖くなる。
「もうそろそろ、かな?」
「やっ……ぁ……っく、ァ……ッあ」
先走りを絡めながら、一番弱い先の方を責めてこられて俺はみっともなく身悶え喘ぐ。
「ぁ……ッ、あっ、あっ……あぁぁ!」
加えて一気に畳み掛けるような手管に、声を抑える余裕もなく女みたいな声を上げて吐精してしまった。
「ぁ……っはァ……っ……」
「なかなか早かったねぇ。溜まってたの?」
射精後の気だるさと、生徒の手でイかされたショックで呆然とする俺に橘は嬉しそうな顔をして自らの手をかざす。
「ほら。すごくドロドロ……定期的にしないと身体に悪いんだってよ? ……ん」
「お、お前……ッ!」
ぺろり、とこれみよがしに吐き出した白濁を舐める男を俺は信じられない想いで眺めていた。
「うわ、苦……」
「バカかお前」
そんなもん舐めてんじゃねぇよ。っていうか俺だって舐めた事ない。
思い切り引いた俺に、橘がさらに言った。
「んじゃ、今度はオレね」
「え……っ!?」
……今度は、ってなんだ。もう終わりじゃないのか! 散々辱められて、まだ続きがあるのかよ。
絶望的な面持ちで見上げたであろう俺に、彼は深く頷く。
「当たり前じゃん。今度は一緒に気持ちよくなろ?」
白い歯を見せたやけに爽やかな笑顔で、このエロガキは自らのベルトの音を立て始めた。
逃げられるはずだった。
もう拘束されてたワケじゃなかったし。でも、逃げられなかった。
そうしたくなかった、のかもしれないけれど。
「よいしょ、と……重くない?」
「あっ……何を」
ギシリと軋むスプリング。体重を移動させて、裸の下半身を密着するように覆い被さる。
自分のとは違う熱と、硬さに驚いて息が詰まった。
「これ、兜合わせって言うんだっけ? セックスの練習しよっか」
「れ、練習って」
……ゆくゆくは本番するみたいな言い方だ。やっぱりそういうことか。
しかしそんな先のことに気を取られていたのが隙だった。
「あッ!」
「ほら。さっきのでね」
まるでどちらが年上か分からない。
再び加えられる性技に、慄いた身体に彼が安心させるように口付けた。
ぐちゅぐちゅ……と淫猥で粘着質な水音が静まり返った部屋に響く。
生徒の部屋で、こんな好き勝手されて。いくら脅されているからと言って、これじゃあ……。
「ほら。気を逸らさないの」
「や、やだっ……きもち、わる……ぁ……」
「嘘吐き。また元気になってきたよ? 先生」
笑みを含んだ言葉に精神をズタズタにされながらも、互いの性器を擦り合わせるように握って扱かれると、揺れる腰も上がる声も止められなくなる。
「ぃ……ぁ、ああっ、あっ、あっ……」
「っ……ん、ぅ……ゆ、ぅき……」
同じく小さく喘ぎながら、俺の名を呼ぶ声は切ない。
その表情も声も、眉間に寄った皺も。何故か酷く俺を動揺させたし、鼓動が跳ね上がった。
……綺麗だ、なんて。
場違いな感情だろうか。
若い肢体、整った顔。普段穏やかだが気だるげに見つめ返される瞳に熱が灯っている。
そうして縋るような声で、俺の名を呼ぶんだ。
「ぁ……っ、や、やべ……もぅ……ッ……く」
―――荒々しい呼吸と互いの嬌声の中、絡み合うように同時に果てた。
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