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9.その雫、透明につき

いつも聞く声、見る姿が無いと妙に落ち着かない。 ……あれから橘 陸斗は無断欠席している。今朝で三日目。 「何かあったの?」 飯島先生が耳打ちするように聞くが、俺は肩を竦めて首を振るしない。 だって俺にだって分からないから。 「まぁあの子は元々そういう所あったんでしょ? この1ヶ月ちゃんと来てただけでも凄いわよね」 励ますように慰めるような口調なのは、多分彼女の優しさだ。 彼女は優しくて聡明だ。空気も読める。もうあの時の雰囲気をおくびにも出さないのだから。 それとも今は家庭が円満なのだろうか。 ……久しぶりにどう? なんて冗談でもこっちから言い出す感じじゃない。まぁ、言うつもりないが。 悲しいかな女を抱ける気も失っている。 ―――あの日、最後だと言った。俺は頷いた。 だから最後だ。もうあの関係は終わったのだから。 「また家に行ってみるよ」 ……今度は教師としての仕事しなきゃな。 俺の言葉に、彼女は心做しかホッとしたような表情で肩を叩いた。 とは言っても。 「気まずい……」 そう。色々と感情表現を省くと、やっぱりその一言に尽きるのだ。 「ン」 「ちゃんと相談乗ってくださいよ……丹羽先生」 「ン」 美術準備室。授業で提出された生徒の作品を眺めながら、この美術教師は俺の『相談』に生返事を繰り返した。 「だから……」 「ン。つまり気まずい、と」 「それさっき俺が言ったやつです」 「ン……?」 隣に鎮座している石膏の方がまだ表情豊かな顔してるんじゃなかろうかって顔で、こちらを見る。 ―――俺はこの美術教師に全て打ち明けた。 なんだか一人抱えてるのが辛くなったんだ。自分でもよくそんな事相談できたな、と思ったけどハグの効果だろうか……いや違うな。関係ない。 俺のメンタルが限界だったんだ、多分。あと彼自身の人柄というか雰囲気だろう。 「ン。で、てめぇはどうしたいんだ」 「どうしたい……?」 「恋仲になりてぇのか」 「こ、恋……!? まさか!」 誰があんな男と。生徒だし。そもそも男と付き合うという選択肢がない。 「そうか。じゃあこれでいい。悩むことは無い」 「え?」 「誰しもなるようにしかならん。大人といえど、助けて導いてやるのも限界があるさ。お前があとできるのは教師としての仕事だ。……しかし」 「しかし?」 彼は綺麗な顔をほんのわずか綻ばせて続けた。 「てめぇの気持ち次第だな。ま、年下に甘えられるのも悪くねぇよ」 そう言うと生徒たちの作品を見終えて一言。 「……今年の1年は独創的だな」 と呟いた。

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