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第9話
家の周りを探しても、セルジュを見つけることはできなかった。
あれは夢だったのだろうかとも考えたが、セルジュから漂ってきたのは本物の血の匂いだった。
いまだに信じられないが、彼は吸血鬼だったのだ。
翌朝、ひとりで起きて部屋を見渡す。やはりあの男はいない。
俺はいつものようにコーヒーを淹れ、いつものように家を出る。
職場に着いて白衣を羽織る。
今日もまた、長い一日が始まった。
その日の俺は、どこか苛ついていた。決して表には出さないものの、誰もいない所では、膝を揺すったり爪を噛んだりした。
原因はわかっている。医師になった日から今日まで、こんなにも血を欲したことは無い。
ムシャクシャした俺は乱暴に書類の束を取った。と、同時に指先にピリッと微かな痛みを感じた。
「……血だ」
指先からは血が滲み出ている。どうやら紙で切ってしまったようだ。
――これは事故だからいいのでは?
もうひとりの俺が囁く。
――母も言っていただろう。「血が出たら舐めて治せ」って。
自ら傷つけたわけじゃない。これは事故なんだ。俺は震える手を、そっと口元にあてがう。
――早く、その舌で舐めろ。そうすれば楽になれる。
「……少しだけだ」
だが、あと一歩の所で、診察室をノックする音が聞こえた。
俺はすぐさま処置をして、患者の対応にあたった。
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