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第2話 予兆
「ようこそ、おいでくださいました。」
スゥエンは、父である国王、母の王妃そして兄弟達と共に、館のエントランスで賓客を出迎えた。
シンプルな絹のブラウスに深いブルーのタイとスーツ。衿元の金の飾りだけが、華やかさを添えている。
兄のタミルは成人らしく勲章の付いた白い軍服、弟のリアムは、淡いクリームのジャケットにレースのふんだんに施されたブラウス------まだ七歳のあどけない笑顔で笑いかける。
姉や妹達も正装のローブをまとい、ティアラを付け、最上級の装いで出迎えた。
バスティア国は、近隣の国々の中でも最も大きい力のある帝国だ。しかも並々ならぬ軍事力を誇る。その王太子が客となれば、機嫌を損ねるわけにはいかない。
丁重に、礼を尽くしたお辞儀で、スゥエンは目の前を通りすぎるのを待った。
「顔を、上げて。」
耳許に、低い艶のある声が降ってきた。
ーオレに、言ったのか?ー
戸惑うスゥエンの頭上で、今一度、声が響いた。
「君だよ。青いスーツの坊や。名前は---確かスゥエンといったね?」
スゥエンは硬直し、周囲は息をのんだ。彼がオルテガを王太子を嫌っているのを知っていたからだ。心配そうな家族やラウル、エラータの視線を感じる。
ー大丈夫だよ。ー
と心で呟き、くっ---と顔を上げ、極上の笑顔を造る。
「覚えていただけて、光栄です。王太子殿下。この度は我が国をご訪問いただきありがとうございます。」
目の前の黄金の髪と褐色の肌の美丈夫は、にこりともしない。鋭い眼光を放つ鳶色の瞳に真一文字に結んだ整った唇、高い鼻、屈強な体躯は大柄な兄より一回りは大きい。最上位αの貫禄と威圧感。獅子のようだ---とスゥエンは思った。
「君は、私が嫌いかね?」
周囲はますます凍りつき、スゥエンは言葉に窮した。その通りです---などとは口が避けても言えない。
「いえ、そのようなことは---。」
「ならば、良かった。------余計なことだが、君にその服は似合わないね。後で私が贈らせてもらうよ。」
ー何を言い出すんだ。ー
スゥエンは訝ったが、それだけ言って王太子オルテガは、スゥエンの前を離れた。とりあえずはほっと息をつき、胸を撫で下ろした。
それきり、スゥエンとオルテガ王太子が直接に言葉を交わすことは無かったが、晩餐会や舞踏会など、どうしても顔を出さねばならない時、決まってオルテガの目線が突き刺さるように自分に向けられていた。スゥエンはその度に言い知れぬ恐ろしさを感じていた。
ーオレには、まだ発情期は来ていない。だから---。ー
自分がΩがであることはオルテガにはバレてはいない。両親も兄弟も周りの者も、敢えて『その事』に触れてはいないはず------。
スゥエンは、そう信じていた。実際、誰も漏らしてはいなかった。
ただ、オルテガの嗅覚が、ほんの僅かなスゥエンの甘い香りを嗅ぎ付けていた-------ただ、それだけのことだった。そしてオルテガが、運命の相手に出逢うまで、結婚はしない------と宣言していたことをナヴィアの国の者は誰ひとり知らなかった。
そして、オルテガが、目的のためには手段を選ばない男であることも------。
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