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第3話 それでも平穏な日々

 オルテガは、数日の滞在の後、バスティア国に帰国した。何事もなく恙無く、見送りに立ったナヴィア公家の者達に感謝の言葉と、ちょっとした贈り物を残して立ち去った。  そのいずれもが、バスティアの財力を見せつけるような高級品で、ナヴィア公は無言の力に些か苦い思いを抱かざるを得なかった。が、一番、脅威を肌身で感じたのは、他ならぬスゥエンだった。    彼に贈られたのは、銀細工の小箱だった。エメラルドの瞳の小鳥が意匠に描かれた凝った細工ではあったが、スゥエンは至って不服だった。兄には鐙、弟には短刀------といずれもが、皇子に相応しい品物であったが、スゥエンには皇子らしいものはくれなかった。  しかも、エラータに尋ねた小箱の用途は、ピルケース---だった。 ーまぁ、一般的な使い方ですから---。他にも用途はありますし---。ー  エラータは、そう言ってなんとかスゥエンを宥めた。が、スゥエンの不安は拭えなかった。 「何故、オレがΩなんだ---。」  兄のタミルはともかくとして、ふわふわな栗色巻き毛の弟リアムは絶対にオレより可愛いし、漆黒の瞳の姉さんは超美人でモテモテだし、妹だってお人形さんのように可愛い。 ーなのになんで------。ー  スゥエンは、誰よりも男らしくなりたかった。狩りも好きだし、剣の稽古も大好きだった。勉強は退屈で眠くなるけど、タミルのいい片腕になるには必要と思って我慢した。 「オレはラウルのようになりたいんだ。」  ラウルは狩りも上手いし、ナヴィア一の剣士だ。身体も大きくて逞しくて、髭も立派だ。けれど--- 「ちっとも身長も伸びないし、髭も生えてこない。鍛えてるのに、筋肉もつかない。」  実際、タミルの腕の太さの半分も無い。大きな溜め息をつくスゥエンに、エラータが苦笑いしながら言った。 「背が伸びる時期や髭の生え方には個人差があります。筋肉のつき方にもね。スゥエン様は細いけれど力もあるし、俊敏でしなやかな身体をなさっている。」 「それっていい事なの?」  机に頬杖をついて、上目遣いで訊くスゥエンにエラータは、にっこりと笑った。 「熊と豹が、どちらが強いか、と訊くようなものです。」 「ふぅ~ん。」  スゥエンは、改めてエラータを見上げた。エラータは綺麗だ。アクアマリンのような青い瞳に淡い栗色の髪。すらりと伸びた長身は牝鹿のようだ。けれどΩだけど、剣を取ればとても強い。やはり悔しくて鍛え上げたという。 「発情期があるだけですよ、違いは。」  エラータは、本棚の本を整えながら言う。 「エラータは、学問が大好きだけど、オレは好きじゃない。それに---」  スゥエンは自分の髪を指に絡めて呟いた。 「オレだけ、みんなと眼の色も髪の色も違う---。」  スゥエンの家族は皆、栗色の髪だった。瞳は青だった。 「先祖返りなのですよ。王家の代々には緑色の瞳の方も多くいます。黒髪の方も---。」 「奇跡のΩも---?」 「そう。黒髪にエメラルドの瞳。------彼はΩでしたが、英雄でした。」  奇跡のΩ---というのは、スゥエンの七代ほど前の先祖だった。兄の王を助けて、宰相として、将軍として腕を奮ったという。大国の侵略を幾度も退け、ナヴィア公国をバルティア国の前身であるファーランディア帝国から独立させた。その先祖に良く似ている------らしい。 「王家の男Ωは、国の守り神です。もっと自信を持って------。立派な将軍になるには学問も必要ですよ。」  エラータはそう言って、分厚い書物を何冊もスゥエンに手渡した。 「ナヴィアの歴史の本です。そろそろ覚えくださいね」  スゥエンは、うへぇ---と顔をしかめた。  エラータは、美しい鬼教師だった。  

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