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第4話 招待状

 厄介な賓客が帰国して、何事もなく日々は過ぎた。  スゥエンの日常もナヴィア公国の日常も平穏そのものだった。  だが、それが表面上のものでしかないことを一通の手紙が知らせた。  それは、『招待状』だった。  オルテガからの、バスティア建国記念日の祝賀の宴への招待状------歓待の返礼としてスゥエンを招待したい、との正式な書状だった。 ーなんで、オレなんだ?ー  ナヴィア国の公太子は、兄のタミルである。 滞在中もそんなに親しく会話を交わした覚えも無い。というか、つとめて近寄るのは避けていた。 「私は、ナヴィア公国を代表する立場ではありません。父上、お断りしてください。後嗣子の兄上への招待ならともかく、私にはそのような役目は務まりません。」  眉をひそめるスゥエンに、父王は弱りきった顔で告げた。 「オルテガ王太子は、是非に-----との仰せだ。儀礼的な訪問なら、ワシでもタミルでも良いのだが、スゥエンを来させよ、との強いご要望でな。」  オルテガ王太子は、バスティア王国の実質的な執政者だ。現国王は病気で長く臥せっているという。周辺各国を支配下に収める軍事、政治的政策は、オルテガ王太子が指揮を取ったものだ。逆らえば、何が起こるかわからない。 「畏れながら国王様。」  招待状を手渡され、まじまじと眺めていた宰相ファーガソンが、顔を上げて言った。 「スゥエン様お独りで------とは記載されておりません。国王様、もしくはタミル様の随行として赴かれるならば、問題は無いのでは?」  ファーガソンの言葉に、一同はホッと胸を撫で下ろした。そして、国王の参列に随行する形で、スゥエンを訪問させる旨の返信を送ることに決まった。 「オレは行きたくないんだけど---。」  スゥエンは儀礼的な場が嫌いだし、苦手だ。しかもオルテガは好きじゃないし、出来れば近寄りたくない相手だ。 「致し方ありませんね。他国との交流も王家の方の大事な役目ですし------。勉強と思って行かれませ。」  ボヤくスゥエンに、エラータが宥めるように言った。 「ラウルも同行致しますから、大丈夫ですよ。まだ、発情期も来ていませんし、万が一の時のために、抑制剤もご用意致しますから。」 「そうしてくれ。---」  今まで、スゥエンも周囲も外遊を極力避けていた。スゥエンがΩであることは、国内でも一握りの人間しか知らない、謂わばトップ-シークレットだ。  それはΩ自体が極めて少ないし、古い血筋の家柄にしかいないためだ。  近隣諸国の多くは、諸公がファーランディア帝国の国王皇帝から領地を与えられ、後に独立したもので、中にはβの国王もいる。 ー国を治める能力は性別とは必ずしもイコールではない。ー とエラータにも教わった。  しかし、国王の多くは圧倒的にαであり、格式を得るためにΩの妃を血眼になって探した---とも聞いている。  そんな中で、ナヴィア公国は、ファーランディア帝国の王族の末裔であり、始祖の王はΩの母親から産まれている。  スゥエンがΩであることを他国に知られたくないのは、格式を上げたい諸国の王族に婚姻を強いられたくないこと、と将来的にスゥエンが兄タミルの補佐官として重責を担う立場であるからだ。 ーΩの弱点は、発情期がはっきりわかること。その時期に戦闘を仕掛けられては不利になる。ー  スゥエンがΩに産まれたことを負い目に思う所以は、そこだった。自分の身体の造りのために存分に戦えない、国のために力を尽くせない。それがとてつもなく彼にとって不服だった。  そんなスゥエンの憂鬱を知ってか知らずか、返信を送ってしばらくの後、改めて父王に ースゥエン皇子を王の代理人として訪問させるように。ー とのオルテガからの要請が届いた。  これには、皆が頭を抱えた。スゥエンは仕方なく直筆で、オルテガに書状を書いた。   ー自分は外遊経験の無い若輩者で、礼儀を失する心配があり、とても独りでは伺えない。ついては、今回は父王の随行として、まず貴国のしきたりなどを学ばせてください。ー  戦々恐々として待ったオルテガの返信は、極めてあっさりとスゥエンの意向を受け入れたものだった。  かくして、スゥエン初の外遊は、父王の助けもあり、無事に遂行されることとなった。  しかし、その後、オルテガの私的な招待を受けて、オルテガの離宮を独りで訪問することを条件に------であった。 ーしつこい男だ。ー とスゥエンは思った。だが、拒むわけにはいかない。幸いにも、発情期はまだ経験していないし、通常で考えても、その時期からは外れている。 「忍耐も仕事のうち---か。」  スゥエンは仕方なく受け入れ、父王とともに国を後にした。  

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