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第5話 バスティア国

 スゥエンが父王とともにバスティア国の首都に入ったのは、一月の後だった。  高地で可憐な山野草の花々が季節を彩るナヴィア公国とは異なり、張り巡らされた運河に沿って石造りの重厚な建物が折り重なる。  道はやはり石畳で覆われ、行き交う歩哨の硬い靴音が絶える事が無い。その武装も、ナヴィア公国とは格段に違っていた。 「将兵の数が多いのですね。大事な式典だからですか?」  目を見開いて逞しい衛士達の重厚な装備に興奮気味に語りかけるスゥエンに父王は表情を曇らせたまま、言葉少なに答えた。 「違う。軍事国家なのだよ。」  バスティア国は、ファーランディア帝国の威光を我が物にせんと、次々と近隣諸国を力ずくで従わせてきた。隷属しない国には戦火をもって従わせてきた。結果、敵も少なくはない。 「我が国のように交易と融和で他国と親交を結んでいるわけではないから---」  ナヴィア公国は、2つの大河に挟まれた山岳地帯の中心にあった。2つの大河を繋ぐ街道の中心が首都ナヴィアナーダだった。行き交う船や人々の交流によって様々な文物や文化がもたらされて栄えた国だ。  一方、バスティア国は、その大河の河口、海に面した広大な平野に位置していた。首都は海を臨む高台にあった。最もその領土は他国を制圧して拡大されたものではあるが---。  オルテガ王太子が軍隊の総司令となってから、既に三つの国------ナヴィア公国よりも大きな国々が併呑されている。 「くれぐれも慎重に振る舞うのだよ、スゥエン。」  父王は心底から心配していた。式典が終われば、スゥエンを置いて帰国せねばならない。  もともと無鉄砲なところがある上に自国から出た事もない、若輩者のスゥエンに国を背負っての駆引きなど出来よう筈もない。  少しの瑕疵もあってはならないのだ。何事かあれば、即座につけこまれる。  しかも、スゥエンはオルテガを快く思ってはいない。 「頼むから、大人しくしていてくれ。」 「わかってます。父上。」  式典からレセプションが終るまで気が気でない父王にスゥエンは笑顔で答えていた、    しかし、パーティーが始まると一転してスゥエンの笑顔が翳りを帯びてきた。他国の使者や王族と和やかに歓談する父王の傍らで、にこやかに応対するスゥエンをじっと見つめるオルテガとその側近達の視線に気付いたからだ。  突き刺さるようなオルテガの視線。まるで獅子が獲物を狙ってじっと待ち構えているような。得体の知れない恐ろしさが沸き起こり、スゥエンは思わず身震いした。 「どうなさいました、スゥエン皇子?」  声をかけてきたのは、銀髪の背の高い細身の男。父王の曰くオルテガの側近でバスティア国の宰相、ユージニア-ウォン。策士として有名な遣り手------というのをスゥエンが知ったのはかなり後だ。 「お顔の色がすぐれないようですが----。」  ユージニアは如何にも心配そうにスゥエンの顔を覗き込んだ。やはり眼光が鋭い---がどこか蛇のように昏い眼をしている。 「このような盛大な式典に参列したのは初めてなので、緊張しているのです。」 「おお、そう言えば外遊は初めてでいらっしゃいましたね。さぞお疲れでしょう。」 代わって答えた父王に作り笑顔でユージニアが応じた。 「如何でしょう。別室で少しお休みになられては---」 「大丈夫です。」  スゥエンは、父の顔をチラリと窺い、殊更に胸を張った。が、その意地はオルテガの一言に簡単に突き崩された。 「休ませて差し上げよ。」  オルテガは、ツカツカと歩み寄って来ると、ユージニアに命じ、スゥエンを向き直った。 「スゥエン皇子、遠慮は無用だ。初めての公式な外遊は、さぞお疲れであろう。パーティーが終るまで、静かなところで休まれた方がよい。 軽食と飲み物を侍女に用意させる。」 「お気遣い感謝致します。スゥエン、お言葉に甘えさせていただきなさい。」  オルテガの一瞥に、父王もそれ以上の主張を控え、スゥエンに目配せをした。 ー油断するな。ー  スゥエンは黙って頷き、ユージニアの案内するままに、会場を後にした。長い回廊を進んだ先に案内されたのは、南に大きな窓のある客間だった。洗練された落ち着いた室内には、暖かな日差しが降り注いでいた。 「後ほど、スイーツなど持たせますので、ごゆっくりお寛ぎください。」 「お気遣い、心より感謝致します。」  慇懃な対応に恐縮するスゥエンに、ユージニアは丁寧にお辞儀をし、答えた。 「いいえ。スゥエン皇子は大切なお客様でございますから----」  そして、立ち去り際にスゥエンの耳には届かぬよう、小さく呟いた。 「今は------。」 と。    

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