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第7話 離宮
オルテガの離宮は、バスティア国の南端、海に突き出た半島の丘の上にあった。
離宮そのものは、花々の咲き乱れる庭園の中、瀟洒で優雅な佇まいの小ぶりな宮殿だった。が、海に面した周囲の一方は断崖絶壁で堅固な要塞に囲まれ、眼下の入江には何隻もの軍艦が停泊していた。
その物々しい光景はのどかなナヴィアの風景に見慣れたスゥエンには、異様で恐ろしくさえあった。
「さぁ、お入り。」
よく手入れされた庭園を過ぎ、荘厳な扉の内に誘われた。
飴色の大理石の柱と壁は磨き上げられ、階段の黒光りする手摺には精緻な装飾が施されていた。
色鮮やかなダマスク織りの絨毯は分厚く、半ば宙を歩くような心地がした。
「凄い---。」
スゥエンはドーム型に切られた巨大な天窓のステンドグラスから降り注ぐ七色の光に息を呑んだ。
あまりにも豪奢で、贅を尽くした様相に言葉も出なかった。
「この離宮は、とても古いものでね。随分と手を入れたよ。」
オルテガは、階段の踊り場から立ち竦むスゥエンを悠然と見下ろして、手を差し延べて言った。
「ナヴィアには、こんな建物はありません---。」
スゥエンは、目をしばたたかせながら、呟いた。オルテガは、ふっ---と口元を歪めて笑った。
「ここ以外、バスティアにも無いさ。
ここは、元はファーランディアの皇族の別荘だった。ファーランディアが滅んだ後に、代々のバスティア王が離宮として使っていた。------隠れ家のようにね。」
オルテガの皮肉めいた物言いに、スゥエンは思わずドキッとした。が、その後に紡がれた言葉は、もっと衝撃的だった。
「代々の王はここに、Ωの愛人を囲って通っていた。------最後の主は随分前に亡くなったがね。」
バスティア国では、王妃は近隣の国の姫君を迎えるのが通例だ。オルテガの母は早く亡くなったが、現在の王妃も隣国アシュタールから嫁いでいるはずだ。------バスティアに制圧され、人質同然に嫁がされたという話ではあるが。
「抑制剤の無い時代には、Ωは、普通に宮殿に住まわせられないし、後宮に入れるわけにもいかなかったからね。」
ー隔離するしか無かった。ー
スゥエンは、ひどく胸が痛むのを感じた。ナヴィアは様々な薬草の活用に長けた国だったから、早くからフェロモン抑制の作用を持つ薬草が発見され、実用化されていた。
そのため、Ωでも他の王族と同じように宮殿で暮らしていた。
スゥエンは、エラータの言葉を思い出した。ナヴィア国史の講義を受けていた時の話だった。
ーバスティアや他の国のΩは、ひどい差別を受け、途方もない苦しみを負わねばならなかった。だから差別の少ないナヴィアに産まれたのは幸運だった。ー
スゥエンは、密かに自分の幸運に感謝した。
だが、オルテガの反応は、スゥエンのそれとは全く異なっていた。
「バスティアの何処にも、いや近隣の何処にも、これほど、贅を尽くし、心を尽くした宮殿は無い。如何に、わが先祖代々がΩを大切にしていたか、わかるだろう?」
「大切に?」
怪訝そうなスゥエンに、オルテガは黙って頷いた。
「まぁ、その話は後だ。来たまえ、城の中を案内しよう。」
オルテガは、棒立ちのスゥエンに歩み寄り、その背に手を触れた。大きく力強い手だった。
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