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第8話 Gardenia

 オルテガに導かれて、スゥエンは城の中を経巡った。別荘だったというだけあって、こぢんまりとして、訪れた者が落ち着ける空間であるよう趣向が凝らされていた。  広すぎないホールはドーム型の天井から陽光が降り注ぎ、花々に囲まれた廻廊の中心には清らかな泉。傍らの大きな楡の木が涼しげな影を落としている。  アーチ型の潜り戸の先には、植え込みに隠れるように小さな東屋があり、周囲はガーデニアの白い花に囲まれている。 「Ωの、秘密の花園だ」  オルテガは、ほんの少し片眉を上げて、ウィンクしてみせた。ガーデニアの濃厚な甘い香りは、Ωの醸し出す薫りに似ている---とオルテガは言った。  サンルームにはジャスミンが植えられ、南国の木々が深い艶やかな緑を投げかけていた。 「純白の香り高い花は、Ωにふさわしい。そう思わないかね?」  オルテガの言葉はスゥエンにはドキリとした。意外だった。確かに発情期のΩは、αを惹き付ける甘い香りをその身から醸し出す。けれどそれは獣じみた情欲の香り、純潔とは対極にあるもの。スゥエンもナヴィアの国の人々もそう教えられていた。 「Ωは---獣のように発情する劣った存在と聞いています---」  自分もそのΩなのだ。スゥエンは辱しさに俯いて、呟くように言った。が、オルテガは、ふん---と鼻を鳴らした。 「スゥエン皇子、Ωのみが発情して、他の性は発情しないと?」 「それは------」  スゥエンは口ごもった。αもΩの発情に誘発されてヒートする。しかし、それはΩに誘発されてのことだ。Ωのように『それ』しか考えられなくなるわけではない。 「いいかね、スゥエン」  オルテガはスゥエンのエメラルドの瞳をじっと見詰めた。 「α同士でも、βでも発情はする。している。だから子供が出来るのだ。Ωのように、それとはっきり出てくるわけではないが---」  オルテガの言葉にスゥエンはごくりと唾を呑んだ。 「逆に、Ωの発情期は、三月に一度と言われているが、αやβは一年中、のべつまく無しに相手を求め、交わっている。つまり---」 オルテガの指が、ガーデニアの花を一輪、手折った。 「他の者達のほうが、はるかに浅ましい。そう思わないかね?」 「それは---」  スゥエンは言葉を失った。そんなことは考えたことも無かった。 「それに、Ωのフェロモンは、番のαが出来れば、その番のみに発せられ、感知される。---誰彼構わず関係を持つβや番のいないαに比べて、実に貞淑なものだ。」  オルテガは、手にしたガーデニアの花をスゥエンのスーツの胸ポケットに差し、微かに頬を緩めた。 「君の肌のような花だ」  スゥエンは思わず顔を赤らめた。着衣の下の素肌を直に見られたような恥ずかしさが全身の毛穴から沸き上がった。 「殿下------」  口ごもり、混乱しているスゥエンを鳶色の猛禽の瞳が見据え、そして、くるりと背を返した。 「そろそろ、ディナーの時間だ。戻るとしよう。お腹が空いたろう。ここの料理人は腕は確かだ。獲れたての魚を捌いて、蒸し焼きにすると美味いぞ」  振り返りもせず、室内に戻るオルテガの背中を小走りに追いながら、スゥエンは、胸元がふいにざわつくのを感じた。 ー信じちゃいけない。信じちゃ---ー    スゥエンの独り言は風に紛れ、オルテガの耳には届かなかった。

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