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第9話 帰国

 スゥエンは一週間の滞在の後、無事にナヴィアに帰国した。父王や兄弟達は皆一様に胸を撫で下ろした。  護衛に付き従っていたラウルでさえ、戦艦の視察や狩りで外に出掛ける時以外、他の護衛官達とともに、城外の官舎に留められ、城の中に入ることは許されなかったのだ。 「何事も無くて、良かったです、本当に。」  城の自室に戻ったスゥエンをエラータはぎゅっと抱きしめた。 「もしも------あの事が起こったら、と思うと---。」  エラータは半ば涙ぐんで、何度もスゥエンの頬を撫でた。エラータは、スゥエンと同じΩだ。その心配は、他の者達とは違う。 つまりは、 ーもし、発情期が来てしまったら---。ー  抑制剤を持たせはしたものの、スゥエンにはまだ発情の経験がない。自身が、どんな状態に陥るかを知らないのだ。 「大丈夫。」  スゥエンは、にっこり笑って、そして、ふぅ---と大きな息をついた。 「何も、起こらなかったよ。」  ずっと緊張はしていた。だが、オルテガは、普通の賓客をもてなすように、もしかしたら、それ以上に丁重に扱ってくれた。けれど--- 「代々のバスティア国王は、Ωの愛人を離宮に囲っていたって---その城に招待された」  スゥエンのその言葉に、エラータの顔色が変わった。 「それで、何か言われましたか------?」 「番のいるΩは、αやβより貞淑だって---そんなこと、初めて聞いたよ。」 「そう------ですか。他には?」 「別に-----。」  言ってから、スゥエンは、あっ、と小さな声をあげた。 「身体を見られた。」 「えっ?」  エラータの顔が再びひきつった。 「スパがあって------一緒に入った。」  離宮の別棟には、大きな浴場があった。  オルテガは、スゥエンに入浴を勧め、自分も浸かってきた。 ー男同士だ。別に恥ずかしくも無いだろう。ー  その言葉にスゥエンも嫌とは言えなかった。  目一杯、警戒はしたが、オルテガの射るような眼差しで、見据えられ、命じられた時には息が止まりそうになった。 ー立ってごらん。ー  覚悟を決め、ぎゅっと目を瞑って浴槽の中で直立した。オルテガの視線が皮膚に突き刺さるようだった。が、オルテガの態度は、スゥエンが想像したそれとは違っていた。 ー後ろを向いて。ー  言われたとおりに、背中を向ける。しばしの静寂のあと、ゆっくり立ち上がる水音がしてオルテガが立ち上がり、近寄ってきた。  そして、身を強張らせるスゥエンの背を、大きな手のひらで幾度かなぞった。 ーよく鍛えているね。筋肉もしっかりしてるし、細いが、十分に闘える。ー ーあ、ありがとうございます。ー  オルテガの予想外の言葉に、スゥエンは思わず声が上ずっていた。褒められるなど、とても信じられなかった。 ー力技で勝とうとしなくていい。しなやかに、機敏に動ければ、敵の隙を突ける。相手の動きを見極める眼を養いなさい。ー ーは、はい。ー  そして、冷えたろう---と済まなそうに言って、ゆっくり浸かるように、と笑顔を見せた。口元を少し緩めただけだが、オルテガが機嫌を良くしていたのは確かだった。 「そうでしたか------。では、オルテガ殿下はスゥエンさまを、男として武人としてご覧になったのですね。」    エラータは、良かった------と大きく息をついた。らしいと言えばらしい。オルテガの先祖、バスティアの国王は元はファーランディアの将軍、大元帥バスティア公だった。ファーランディアの皇帝と皇室の凋落によって大規模な叛乱が相次ぎ、遂に国民のために------と自らが政権を執った。  元々皇帝の親族ではあったが、宮中には入らず、自身の領地として与えられていたバスティアに留まり、バスティアを中心とした連合国を建設した。その多くは、近年次々とオルテガとその父王によって併合されたが---。 「『値踏み』のために招かれたとは思わなかったよ---」  スゥエンは思わず溜め息をついた。  間近で見たオルテガの体躯は、それは見事なものだった。長身なうえに、隆々と盛り上がった筋肉。腕も脚も、スゥエンより二周りは太く、胸板や背中の逞しさは羨ましいの一言に尽きていた。その褐色の肌に残る幾筋もの傷痕すら、オルテガの強さを象徴する勲章のように見えた。 「オレも、ああいう風に男らしくなれたら、いいのに------」  スゥエンはポツリと呟いた。望んでも叶わない望みなのはわかっていた。Ωのスゥエンは、身長も体格も小柄で細い。どう頑張っても、骨格も筋肉の付き方もαには当然劣る。βにすら敵わない。 「スゥエンさま---。」  エラータは、寂しく俯いて唇を噛むスゥエンの肩をそっと触れた。 「オルテガさまも仰ったではないですか、力はなくとも、技と知恵があれば勝てるのです。」 「そうだけど---」  でも、それは『男らしさ』とは別なものだ。  スゥエンは男らしい男にはなれない。女のように『男に抱かれる』ために適した体型にしかならない自分の頼りない体躯が、とても哀しかった。  

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