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第11話 暗雲
サルフィカの制圧の噂は、山を隔てたナヴィアにも届いていた。
「現体制に反発する多くの部族が、制圧されたそうです。---バスティアから派遣された“援軍“によって---。」
ラウルの言葉に、スゥエンはあからさまに眉をひそめた。援軍などではない、明確な軍事介入だと、周辺の国の者は皆、知っている。知っていて口をつぐんでいる。
サルフィカは、本来、多数の部族が共生の努力を続けてきた国だ。争乱は絶えなかったが、政権交代しながら、全ての部族にとっての『最善』を模索してきた。だから、サルフィカ内部で、どれほど争乱が激しくても、外からの侵略には一致団結する。
実際、サルフィカ国王は、これまで外部からの援軍は全て拒否していた。その国王がテロリストの凶刃によって瀕死の重症を負ったことから、対立していた部族に疑惑がかけられ、それが争乱の引き金となった。
ー言い掛かりだ!ー
として反感を顕にし、武力で決着しようとした部族は、サルフィカに対するバスティアの干渉を快く思わない者達の中心的立場にあった。
だが、サルフィカ国王は、対話をもってこれを治めようとしていた。
ーそれを、一番快く思わないのは---ー
あの男だ、とスゥエンは確信していた。テロリストの襲撃は仕組まれた『罠』。サルフィカを完全にバスティアの支配下に取り込むために、オルテガが仕掛けた『罠』だ。
その証拠に、これまでどんなに争乱が激しくとも、他の部族を追い払うに留めていたサルフィカ国が、対立する部族を『根絶やし』にする戦略に出たのだ。
正確には、他部族を根絶やしにするというバスティアの将軍の策を、王子を含めたサルフィカの政府が容認したに過ぎないのだが---。
「サルフィカの王子は、歳は幾つだった?」
スゥエンは、弓をキリリ------と絞り、問うた。
「十二才です。」
ラウルの答えに、スゥエンはますます怒りを覚えた。
「子供ではないか。現国王が政務を執れない大怪我で退位するよりなくなったとしても、無謀だろう。サルフィカ国王には弟もいたはずだ。」
「政府の意向だそうで---。」
ヒュ----とスゥエンの放った矢が宙を裂いた。
「オルテガの意向だろう。」
強力なリーダーを欠いたサルフィカ国はいずれ完全にバスティアの、オルテガの言いなりになる。スゥエンの内にあの不遜な笑みが浮かんだ。不快だった。全てを蹂躙して、己のが支配下に置こうとする傲慢さが、許せなかった。
しかし------
「お言葉を慎まれませ。スゥエンさま」
ラウルは、苦虫を噛み潰し、呻くように言った。
「仮にも、我が国とバスティアは友好国ですぞ。」
「表面上はな。」
ナヴィアにはバスティアに対抗する兵力はない。いきおい国を守るためには、その意向に従う他はない。
「彼らは---どうしている?」
彼ら、とはサルフィカから戦禍を逃れてきた者達だ。つまりは現政権とは対立する立場だが、スゥエンは敢えて、自分に与えられた所領に彼らを匿わせた。
「衣食は足りておりましょう。住まいは粗末ではありますが、雨露は凌げます。」
「それは良かった。」
スゥエンは、ほぅ---と息をついた。が、ラウルは極めて渋い顔だった。
「お父上さまも黙認されておりますが、あちらに知れたら---。」
「女子供と老人ばかりだぞ?」
スゥエンは苛立ち、ラウルを睨み付けた。
「我が国は『慈悲』を最大の美徳としている、違うか?」
「しかし---」
「もぅ、良い!」
スゥエンは言い放ち、馬の背に跨がった。
「帰る。---あいつの戴冠式では招待客らしく大人しくしている。それでいいだろう。」
「は---」
ラウルは威気高に走り去るスゥエンの背中を無言で見送った。
ースゥエンさま---。ー
一年後に行われる、オルテガのバスティア国王の就任-戴冠式には、オルテガの妃として参列させよ---バスティアからの、オルテガの要求を未だ誰もスゥエンに伝えることが出来なかった。
男として、皇子として、Ωの宿命を必死に乗り越えようとしているスゥエンには、あまりに酷い通告だった。そして、それを撥ね付ける力は、ナヴィアにも王家にも、ありはしないのだ。ラウルはただただ、唇を噛み締めていた。
ーどうか、お許しください---。ー
黄昏が、山間の小さな国を包もうとしていた。
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