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第12話 嵐の前ぶれ(オルテガside )

「返答は、まだ来ぬのか」    オルテガは恐縮するヴェーチェを軽く睨み付けた。ヴェーチェは主の不気味なほどの冷静さに背筋を凍らせた。 「まだ------届いておりませぬ。」  口隠るヴェーチェの血の気の失せた顔を猛禽のごとき双眸が見据えていた。 「ナヴィアの王は、殿下のご意向をスゥエンさまにお伝え致しかねておるようにございます」  待っているのは、当然、ナヴィアからの回答である。戴冠式に出席せよ、というだけの事であれば、何の問題もなく、即座に返信を寄越していただろう。  しかし、第二皇子を『嫁に寄越せ』と言われては、そうそう快諾もできまいし、当のスゥエン自身が頑強に拒否するだろう。何より------ 「ナヴィアは、スゥエンがΩであることをまだ秘しておるのか。」  ヴェーチェは、苦笑いながら頷いた。 「スゥエンさまのたってのご意向のようで---。ナヴィアの副将がΩでは、体裁も悪うございましょうし---。」 「ふぅむ---。」  ナヴィアの王は既に長男のタミルに執政を委ねていた。スゥエンはその片腕として、主に軍事-内政の補佐に当たっていた。  聡明で情け深い---との評判も高い。 「少し揺さぶりをかけてやるか---」  兄のタミルは、賢いが小心な男だ。スゥエンの評価が高まることを全面的に喜んではいない。スゥエンのサポートが無くなるのは心細いかもしれないが、弟ひとりのために大国を相手にする度量は無い。 「スゥエン自身にもワシがどれほど執心であるか伝えておく必要があるな。」  オルテガの肉厚の唇がニンマリとほくそ笑んだ。伝えきくには、ますます朧たけてきたと言う。近隣から婿に---という声も上がっているという情報が幾つも届いていたが、すべてオルテガがいち早く潰した。 「しかし---なかなか『その時』に至りませぬな。」  ヴェーチェはスゥエンが未だ発情期を迎えていないことに素直に首をひねった---が、オルテガは、ふん---とそれを一笑に伏した。 「止めておるのだ。当たり前だろう。やたらな男の前で、サカリがついては困る」  ヴェーチェは一瞬、目を丸くしたが、すぐに得心したらしく、恭しく言葉を接いだ。 「さすがはわが主、周到にていらっしゃる。」 「当然であろう。あれは、ワシのためのΩだ。このバスティアの国母となるために生を受けたΩだ。」 ーあやつに拒むことはできぬ。ー  時雨始めた空を傍らに眺めつつ、オルテガは、宿命に打ち砕かれる愛しいスゥエンの絶望を思い描いた。  いたいけで、美しく切ない慟哭を早く目の当たりにしたい---と密かに口元を緩め、ガーデニアが強くなってきた風に揺れるのを、じっと見詰めていた。    

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