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第13話 苦渋の決断

 ーいったい、どうしたというのだ------ー  タミルは、机の前で頭を抱えていた。ナヴィアの皇太子として、父王から執政を託され、真摯に政務に勤しんできた。  他国との関係にも人一倍、神経を使ってきた。にも関わらず、周辺の国々がことごとくナヴィアに背を向けてきた。関税の吊り上げ、国境の侵犯、果ては隊商の捕縛まで。理由を追及しても、のらりくらりと埒が開かない。   ーこのままでは、国が潰れる---。ー  打開策が見つからないままに、暗中模索を続けてきた。が、事態は悪化するばかりだった。 「オルテガ閣下に調停を頼むより他はありますまい---」  宰相ファーガソンは、懊悩するタミルに溜め息混じりに言った。全てはオルテガが仕組んだことだ。判ってはいる。判っていても、それを撥ね除ける力は、ナヴィアにもタミルにもない。 ースゥエンを妻に---。ー  弟と国と、どちらを取るのか?----という、無言の、しかしあからさまな挑発に、いつまで抗しきれるのか---、もはやナヴィアもタミルの神経も限界に近かった。  しかし、それでも、スゥエンに真実を告げることは出来なかった。今も国のために、発情の恐怖に怯えながら、国境の守りに獅子奮迅の働きを続ける弟を奈落の底に突き落とすようなことを、平然とできる兄ではなかった。 ーとは言え---。ー  このまま、何の手立ても打てぬまま潰されるわけにはいかない。宰相ファーガソンは、苦肉の策に出た。   「同盟?」  ファーガソンの言葉に、スゥエンは眉をひそめた。国境の紛争の鎮圧から帰ったばかりの戦支度のまま、兄の執務室に呼ばれたスゥエンは予想通り不快感を露わにした。 「我が国は、もともと友好国だぞ。今さらなんで、書類の取り交わしなどしなければならんのだ?」 「周辺の国々への牽制です。」 「しかし---。」  この度の様々なナヴィアへの『嫌がらせ』はそもそもオルテガが、あの男が裏で糸を引いているのではないか-------その事に気付けぬスゥエンでは無かった。ただ、その真の『理由』は、スゥエン自身には厳重に伏せられていたが---。 「スゥエン---。」  タミルは力なく肩を落として、縋がるようにスゥエンを見た。白銀の鎧に身を包んだ雄々しい姿。緑なす黒髪は、兜の妨げにならぬよう、すっきりと束ねられ、切れ長のエメラルドの瞳は力強い輝きを湛えている。ぐっと結んだ薄紅の唇は勇ましい勇者の雄叫びを上げ、敵を震えさせる。凛々しく麗しい騎士の勇姿は、若者らしい熱気を帯びている。 ーしかし---。ー 「他に、手は無いのだよ。」  タミルは、自身の情けなさに項垂れるより他なかった。最も力強く最も恃むに足る勇者の誇りを兄である自らが踏みにじるのだ。 「頼む---。」  涙ぐむ兄の切実な様に、仕方なくスゥエンが頷き、恭しく執務室から退出したと同時に、タミルは机に突っ伏した。  何も知らず、自分から狼の罠に陥っていく弟---再び鎧を着けることも叶わず、狭い宮殿に押し込まれ、女のごとき振る舞いを強いられる、哀れなΩの弟---。  その罠に自らの手で突き落とさねばならない苦しさに、タミルはひとり呻き、涙した。

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