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第15話 到着
「ようこそおいで、くださいました。スゥエンさま」
国境近くに出迎えに現れた近衛師団とともに、あの離宮に赴いたスゥエンを迎えたのは、側近のヴェーチェだった。
「丁重なお出迎え、痛み入ります。」
皮肉たっぷりに慇懃に挨拶を述べる。
国境を越えた途端にバスティアの兵に囲まれて、一挙手一投足を見晴られ、道中はまるで連行されているような気分だった。
「いいえ。正直申し上げて、ナヴィア国は、今、微妙なお立場にありますから。厳重に警戒してお護りせよ、との主からの命にございますゆえ。」
そこに追い詰めたのは、誰だ---と叫び出したい気持ちを堪えて、ニッコリと笑う。
「お気遣い感謝致します。---して、殿下は何処に?」
ふと見やった中にオルテガの姿は無かった。騙して密かに殺害するつもりか---とスゥエンは思わず剣の柄に手を触れた。いち早く察したヴェーチェは、丁寧に頭を下げて言った。
「政務の関係で、少々ご到着が遅れるとのこと。晩餐には間に合うように参るゆえ、スゥエン皇子には、まずは旅のお疲れを癒してお寛ぎいただくよう、申しつかっております。」
「そうか」
「こちらへ、どうぞ」
スゥエンは言って、ひらりと馬から降りた。一人前になった騎士姿を見せつけてやれないのは少し残念だったが、エントランスの控えの間で甲冑と剣を護衛に渡した。護衛の目が心なしか潤んでいたような気がしたが、
ー心配するなー
と目配せをして、大人しくヴェーチェの後を付いていった。
城の中には、ナヴィアの護衛もバスティアの近衛兵も入ることは許されていない。
スゥエンは長い廊下を、ヴェーチェの案内のままに辿った。
「こちらを、お使い下さい。」
案内された部屋は、以前に訪れた時のそれとは異なっていた。
一階の、あのガーデニアの庭園に面した奥まった一角。中央には天蓋付きの大きなベッド。向かいには立派な姿見があり、ベッドサイドの小卓と、手前の卓も椅子も紫壇に螺鈿を嵌め込んだ贅沢なものだ。
大理石の大きな暖炉には既に火が入っており。毛足の長いラグは上品な生成の色だった。
雪花石膏の控え目な壁の風情も落ち着いた主寝室に相応しい設えの部屋だった。
ーここは、客間ではないのではないか?いったい、なんなんだ---。ー
訝るスゥエンの疑問を遮るように、ヴェーチェが、進み出て言った。
「隣に浴室もございます。お疲れでございましょうから、まずは湯にお浸かりあそばして、ゆっくりなさいませ。お召し替えは後ほどお持ち致します。」
いつの間にか、弁えのありそうな侍女が二人、ヴェーチェの後ろに控えていた。スゥエンは、少々、心構えを立て直したいこともあり、侍女に伴われて浴室に入った。
小ぶりだが、綺麗に整えられた浴室の湯船は湯に満たされ、色とりどりの花びらが浮かんでいた。
「オレは女じゃないんだが--。」
思わず眉をしかめるスゥエンに侍女達はクスクス笑いながら、
「お疲れを癒すのに良いハーブを入れてあるだけでございます。癒しに男女は関わりありませんわ。」
「それは、すまなかった---」
スゥエンは恥ずかしさに顔を赤らめながら、だが侍女達の優しい気遣いに感謝した。
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