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第17話 交渉

 食事を済ませたオルテガは、庭に面したサロンのソファーに身を落ち着け、一方の端に恐縮するスゥエンにグラスを差し出した。 「もう成人したのだから、酒に付き合うくらいは良いではないか。スゥエンは酒を飲まないのか?」 「私は、酒はあまり------」  飲酒は発情を誘発することがある、と聞いてからスゥエンは酒を意図的に避けてきた。実際に周囲にいるΩ、エラータは酒を口にすることは稀だった。宴の席では、スゥエンもエラータ同様、抑制効果の高い薬酒をほんの少し、小さな盃で嗜むのがせいぜいだった。 「ならば、少しも酒の嗜みを覚えたほうが良い。他国との付き合いの席でも勧められる。」  そう言われて、しぶしぶとグラスを受け取り、濃い赤紫の果実酒を口に運んだ。芳醇な薫りは、それだけでも酔ってしまいそうに濃厚だった。オルテガの鳶色の眼に凝視され、促されるままに、グラスを空けた。 「いい飲みっぷりだ。」  オルテガの唇が笑みを湛えている。スゥエンは、身体が熱く火照り始めるのを感じた。心なしか頭もぼうっとしてきたように思えた。 「オルテガ殿下------」  スゥエンは、勇気を振り絞って、心に突かえていた言葉を口にした。 「なぜ我が国を、我が国の民を苦しめるのですか---?」 「なんの事だ?」  惚けられるのは、承知の上だった。回らなくなりつつある頭を懸命に動かして言葉を探した。 「我が国は、バスティアの友好を信じております。周囲の国々の無体をなぜ諌めてくださらないのですか?」 「ん?---」  オルテガは意味ありげに含み笑うと、スゥエンをじっと見詰めた。 「まことに、ナヴィアは我が国に友好を抱いておるのか?」 「勿論でございます。」 「では、お前はどうなのだ?」  スゥエンは、一瞬言葉に詰まったが、かろうじて、精一杯の笑顔を作り、取り繕った。   「勿論でございます、殿下の度々のご好意、心より有り難く感謝申し上げております。」 「ならば、証を見せよ。」    ずぃ---とオルテガが膝を寄せる。じりじりと近寄ってくるその身体から、強烈に香る刺激的な薫りに、頭がくらくらする。 「ち、近いです。殿下---。」  後退る先も無いスゥエンの腰をがっしりとした腕が抱き寄せた。 「恋をしたことはあるか、スゥエン。」 「あ、ありません---。」 「口づけは?」  え----?と問う間もなく、スゥエンの唇を熱っぽい湿ったものが塞いだ。ゆっくりとスゥエンの唇をなぞるように蠢く。 「あ、あの---殿下、お戯れはお止めください。」    押し返そうにも、腕に力が入らない。足許がふわふわと浮き上がるように覚束ない。 「ワシの妻になれ、スゥエン。」 「はあぁ?」  普通なら酔いも一気に醒める。そんな突拍子もない発言を回らない頭が理解できよう筈もない。スゥエンはキョトン---とした顔でオルテガを見上げた。 「何も聞いていないのか?」 「聞いてません。」  体温がジリジリと上がり、息をするのも辛くなってきた。はぁはぁと、酸素を必死に取り入れて意識を繋ぎ止める。 「ワシの嫁によこせ----とお前の父親に『正式に』求めたのだが---?」 「存じません。------それに、私は男です。」  冗談じゃない。スゥエンは、オルテガを睨み付けた---が、意識の朦朧としてきたスゥエンの眼差しは、半ば虚ろに、熱の隠った眼差しで見詰めているようにしか見えない。 「だが、Ωだ。」  オルテガは、冷ややかに微笑み、スゥエンの身体を引き寄せ、腕の中に閉じ込めて囁いた。 スゥエンは、驚き、咄嗟にその腕を振りほどこうと、もがいた。---が、力無いそれは、オルテガをますます微笑ませた。 「初めての発情は辛かろう。----ワシが慰めてやろう。---ワシに処女を捧げ、ワシの子を孕むが良い。」 ー発情だって?!ー  スゥエンは耳を疑った。入浴の後に、ちゃんと抑制剤を飲んで来た。そもそも時期だって違う筈だ。 ー何故---こんなところで?!---ー  混乱するスゥエンの髪をオルテガの指が優しく撫でた。 「怖れるな、ワシに任せよ。」 「オ、オルテガ---でん---か---?」  身体がふっ---と浮き上がった。スゥエンの身体を横抱きにして、ソファーから立ち上がり、悠々と部屋を後にする。 「スゥエン、ワシの子を産め。それが同盟の条件だ。」 ー何を言っているんだ、この男は---。い、嫌だ。オレは男だ。子供なんか産まない---オレは----ー  スゥエンの叫びは、おおよそ全く言葉にならなかった。  ひたすら上昇する体温と朦朧とする意識。  そして触れているオルテガの肌から立ち昇る薫りに酩酊し、崩折れていく四肢。  初めての発情---Ωの『性』に、スゥエンは戸惑い、困惑するしかなかった。 「は、離せ---。降ろして---。」  オルテガに軽々と抱えあげられ、運ばれる。  その先に待つものに、スゥエンはおののくより他には何も出来なかった。

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