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第21話 後朝 (オルテガside )

「おはようございます」  ヴェーチェは、離宮内の執務室の扉を叩いた。  主はいつもと変わりなく、というより、かなり上機嫌で机に向かっていた。 「珈琲を、お持ちいたしました。」 「そこに置いておけ。」  オルテガが書類から目を離そうとしないのは、部下に高揚を覚られないため---というのは、一目瞭然だった。ヴェーチェはオルテガの最も近しい側近、執事のようなものだ。  危急の案件など特に無いことはよく知っている。 「スゥエンさまは、まだ---」  白々しくも、淡々と尋ねる。 「休んでおる。今日はゆっくりさせてやれ。目覚めたら、とびきり良い茶と甘い物でも持っていってやれ。」 「承知いたしました。」  あくまでも事務的に---だが、気分を損ねない程度に水を向ける。 「スゥエンさまは、ご納得なされましたか?」 「さぁな------」  オルテガは、あの葉巻に火をつけ、軽く燻らせた。 「まだ自身の性自体を受け止めきれていないからな---。おいおい時間をかけて教え込んでいくとしよう。」  ヴェーチェは、予想外の順調な運びに胸を撫で下ろした。 「ではご婚儀のお日取りは---」 「子が出来てからだな---いずれ、そう遠くはあるまいが。」  オルテガの口元から僅かに笑みが零れた。 「かなり性徴を遅らせていたゆえ、しばらくは身体を労らせねばな。」 「---と申されますと?」 「あれが服用していたのは、発情を抑える薬剤ではなく、発情を迎える身体に整えるのを遅らせるものだ。」 ほぅ-------とヴェーチェは目を丸くした。 「そのようなものが、あるのですか?」 「あの国の薬草の知識は大したものだ。ワシとて可能であるとは思わなんだ。」 「ではかの国の者の処方でございますか?」  うむ------とオルテガは頷いた。 「スゥエンの近しい者に処方させた。疑念を抱く者もいなかったのでな。準備が整うまで、発情期が来ぬよう、服用させていた。」 「それはそれは----」  あまりの周到さにヴェーチェは言葉を失った。 「では、主さまが王位を継承されるまで、清らかでいさせるようお計らいになったのですか?」 「違う」  オルテガはヴェーチェの推測を一笑に伏した。 「子を成すに相応しい心身に育つまで、過ちなどさせてはならぬ、と命じただけだ。」 「成る程---。」  通常、Ωが発情期に至るのは、普通にαやβと同じように思春期を迎えた、十代後半が殆どである。何もしなければ、性徴のスピードは他の性と変わらない。だが、発情期という特殊な性のサイクルを持っているだけに、自身や周囲の暴走を招きかねない。  結果、犯罪や事故の被害者になる可能性が高い。故にΩの多くは、常時、抑制剤を携帯するか、深窓で大切に育てられる。  運よく、早期にαのパートナー=番を得られれば、危険は大幅に回避はできる。 「ワシは歴代と違う。Ωは性欲の処理の為の存在ではない。」  オルテガは、ゆっくりと葉巻の煙を吐いた。 「女では、我が子に武人として、執政者としての教育を施すのは難しい。自らを鍛え上げた経験を持つΩでなければ、十分な教育は出来ぬ。」 「さすがにございます---。」  他の国にもΩはいた。が、一様にΩであることを売りに、他国との婚姻を結ぶことを目的として育てられる。結果、深窓で乙女の如く育てられることになる。  しかし、ナヴィアの第二皇子スゥエン-ラドリックだけは、他の皇子と同様に、むしろそれ以上に『男らしく』育てられていた。 「ナヴィアは、あの御方の国なだけに、開明的な教育をしてきたようだが------」  かえって、それが仇になった。オルテガに格好の獲物を与えることになった。 「まぁ---自慰から教えねばならぬとは思わなかったがな。かえって好都合だ。」  まっさらな、無垢な肢体を自分の好みに染め上げる。------スゥエンの男のプライドとオルテガの妻としての恭順に、どう折り合いをつけさせるか。---オルテガはこの『戦略』にも似た愉しみに口元を綻ばせていた。

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