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第22話 困惑
ふと目を開けると、すでに陽は高いところに昇っていた。
身体を起こそうと身動ぐと、身体の中心に激痛が走る。節々がバラバラになりそうに軋む。
スゥエンは唇を歪め、気力を振り絞って上体を起こした---が、そこまでだった。下肢に全く力が入らない。無理に動かそうとすると引き千切れるように付け根から痛み、肩ではぁはぁと息をした。
ーいったい---。ー
何が起こったのか----は今は考えたくない。下腹部の異物感が、尋常ならざる行為を強いられたことを物語っている。ただ------スゥエンには、それを形容する言葉が思い付かなかった。正しくは、言葉を与えて認識する勇気が持てなかった。
頭もひどく重く、こめかみあたりから鈍い痛みに被われている。
ー最悪だ---。ー
ふと頭を抱える自分の腕を見ると、シルクの白い袖が揺れた。全裸ではなかった。肌触りの良い絹のガウンに身を包んでいた。
「お目覚めですか?」
顔を上げると、水差しと盆に乗せたタオルを持った侍女が微笑んでいた。
「洗顔のお支度をお持ちしました。」
スゥエンは、言われるままに、水差しの水を手に掬い、顔を拭った。涙と脂汗と唾液でベタベタ---かと思ったが、汚れは綺麗に拭われていた。ガウンの胸元に手をあてて見ると、身体も綺麗に拭われている。半ば恥ずかしさもあったが、礼を言わねばいけない。
「ありがとう。」
と口にすると、侍女達が怪訝な顔をして、それから、クスクス---と笑った。
「私達は、何も致しておりませんわ。」
「え?」
夜半に、温かくしたタオルを数枚とガウンを、オルテガに命じられて用意しただけ---という。
ーまさか---。ー
「今日は、ごゆっくりお過ごしください、との殿下からのお言伝てです。後ほど、梨のタルトとお茶をお持ちいたします」
今一人の侍女が、戸惑いを隠せないスゥエンの肩に大判のショールを着せかけた。ベッドヘッドと背中の間にクッションピローを二つ三つ押し込み、寄り掛かれるようにしつらえた。
「オルテガ---殿下は?」
恐る恐る尋ねると、侍女頭の婦人がにっこりと微笑んだ。
「お部屋で政務をなさっておいでです。---あぁ、殿下に奥方さまがお目覚めになったとお伝えしてきなさい」
「え、奥方さまって----オレ、違います。いや、私はナヴィアから国の使者としてきた、第二皇子のスゥエンです。----それから、殿下には何も伝えなくても------」
スゥエンは、部屋を出ていこうとする侍女に慌てて声をかけた。侍女が振り向いて、スゥエンの傍らに立つ侍女頭に目を向けた。
侍女頭は、僅かに苦笑いをして、言い直した。
「失礼をいたしました、スゥエンさま。それでは、もう少しお休みになっていてください。タルトが焼けたら、お持ちいたします。」
スゥエンは、ふと思い出して周囲を見回した。薬を飲まねばならない。
慌てて、部屋の換気等々を済ませて出ていこうとする侍女達に声をかけた。
「あの---私の荷物は?---そこに小さな箱があったはずなんだが---。」
見回した小卓の上も、応接のテーブルの上も綺麗に片付けられていた。窓際の花台にガーデニアが一枝、青い硝子の一輪挿しに活けてある以外は、何も無かった。
侍女頭が、あぁ---という顔をして、丁寧に頭を下げて告げた。
「スゥエンさまがお国からお持ちになったものは、侍従のヴェーチェがお預かりしております。ヴェーチェにお尋ねください。」
「預かってるって------なぜ---?」
「殿下のご命令です。では------」
呆然とするスゥエンを残して、分厚い扉は音もなく閉ざされ、スゥエンはひとり静寂の中に残された。
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