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第25話 手紙

 数日後、スゥエンは三通の手紙をヴェーチェに手渡した。  一通は、父王と執政である兄へ。『オルテガ王太子と交渉中』であることの報告と、ナヴィアの国内情勢を教えて欲しい、と記した。  もう一通は、『事情を知らない』家族へ。国のためにバスティアの次期国王と同盟を結ぶための交渉に来ている。帰国時期は不明だが、心配はいらない、と伝えた。  最後の一通は、傅役のラウルと師エラータの夫夫へ。これまでの薫陶の礼と、偽り無い現状を。泣き言は書かなかったが、自らの発情に対する対応の仕方と、『Ωである自分』とどう向き合ったら良いのか---の示唆を求めた。それと、オルテガのあの言葉---ナヴィアが、なぜバスティアにとっての『母の国』であるのか、教えて欲しいと問うた。  いずれにしても、それらの手紙も返信の書簡もオルテガが開封するであろうことを想定して慎重に書いた。下手をすれば、オルテガに握り潰されることも充分にあり得る話だ。  実際、ヴェーチェはそそくさとこれらの手紙をオルテガに見せ、オルテガはスゥエンの精一杯の理性となけなしの矜持とを憐れみ、黙認した。 「大したものだ------。」  並みのΩ、いや並みの男でも、捕らわれの、自由の無い身となれば、嘆きも愚痴も洩らすであろうものを、女のように夜毎に組み敷かれても、それを許諾した父や兄に対する、一言の恨み言も無い。  実のところを言えば、スゥエンは手紙を書き上げるまで、ひどく悩んだ。母や姉妹、弟のリアムを除いた、国政に関わりを持つ者達は皆、知っていたのだ。  オルテガの要求を、目論見を知っていて、送り出した。嘘の理由をつけて、バスティアへと旅立たせた。二度とナヴィアには帰れないかもしれない、それを内緒で---。男として自立していたはずの自分の足元を思いきり掬われたのだ。  そのことは、ひどくスゥエンの心を傷つけた。だからこそ、泣き言は言いたくなかった。  そして------何度も手紙を書き直しながら、気付いた。父も兄も、好んで自分を送り出したわけではない。オルテガの申し入れを伏せていたのは、なんとか回避する手立てを探してくれていたのだ。  周辺国からの介入、侵犯が無ければ、黙って遣り過ごすつもりでいたかもしれない。 ーけれど---。ー  オルテガが、それを赦さなかった。スゥエンが普通の『男』であることを。極僅かな原始的な(スゥエンはそのように教わった)性である『Ω』に生まれたスゥエンには、『男』として自由に振る舞うことは赦されないのだ---と。 ーもしかしたら---。ー    スゥエンが『Ω』でなかったら、オルテガは無体な事を言い出しはしなかった。  スゥエンが『Ω』としてではなく、普通の青年として、当たり前に王家の男子として、武人として生きることを望まなかったら、他国を扇動して、ナヴィアの民を苦しめ、父や兄を悩ませることは無かった------かもしれない。  いや、多分無かった筈だ---と気付いた時、スゥエンは愕然とした。 ーすべて、オレのせいなのか?----オレが『Ω』だから---。『Ω』に生まれたから---。ー  オルテガに欲望を抱かせ、国を危機に陥れ、民を苦しめ、父や兄を悩ませた---。 ーオレが『Ω』でさえなかったら---。オレさえいなかったら---。ー  スゥエンは唇を噛み締めた。自分が『居る』ことの罪の大きさ、恐ろしさに身体が震えた。死にたくなった。  そのスゥエンの苦悶を救ったのは、いやむしろ苦悶を深めたのは、ヴェーチェだった。  青ざめて両の拳を握りしめて、卓上の白紙のままの紙片を凝視するスゥエンに、ココアと小さな可愛らしい砂糖菓子を差し出して、言った。 「早まったことをお考えになってはなりません。あなた様が自ら生命を絶たれたりしたら、即座にナヴィア国は跡形も無く、地図上から消え失せるでしょう。」 「それは、脅しか?!」  キリリと眉を吊り上げ、睨みつけるスゥエンに、ヴェーチェは淡々と言い放った。 「脅しではありません。我が主はあなた様がおいでであればこそナヴィアを、あの山あいの小さな国を活かしてくだされておるのですよ。」  ヴェーチェの無表情な瞳に背筋が凍った。冷たい、イヤな汗が背中を伝った。 「お国のためを思うなら、一日も早くご懐妊なされませ。殿下のお世継ぎの母君となって、お国のために尽くされませ。」 「オレは、女じゃない!!」  声を荒げるスゥエンに、ヴェーチェはなおも淡々と言い放った。 「左様。スゥエンさまは『Ω』でいらっしゃいます。ならば、『Ω』に出来ること、『Ω』であればこそ、出来ることをお考えなされませ。」  言葉に詰まるスゥエンを一瞥して、ヴェーチェは何事も無かったように部屋を出ていった。そしてスゥエンは悩んだ。悩みに悩み抜いて、エラータに手紙を書いた。  スゥエンの知る、スゥエン以外の、只一人の『Ω』。  スゥエンはエラータを信じていた。誰よりも『Ω』であるスゥエンの苦悩を知っていたはずだから------。  

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