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第27話 来訪者

「ラウル!」  お客様です---とのヴェーチェの言葉に長椅子から身を起こしたスゥエンは、次の瞬間、バネで弾かれたように、扉の前に佇む人物の前に駆け寄った。------が、その足が、客の前で、ぴたりと止まり、固まった。  自分の服装(なり)に、ふと気付いたのだ。  柔らかなシフォンのゆったりとした薄いブラウスからは肌が露に透けて、あちらこちらに薄紅の花びらが散ったように昨夜の名残が咲き乱れている。上に羽織ったシルクのチェニックが下半身を覆っているが、その下は、やはり柔らかなシルクのぴったりとしたハーフパンツで色こそ濃紺だが、身体の線がはっきりとわかる。 ーこれじゃ---こんなんじゃ---。ー  自分を誰よりも厳しく逞しく、『男』として鍛え上げてくれたラウルに見せられない。恥ずかしさと惨めさと申し訳なさで、息が止まりそうだった。 「スゥエンさま?」    訝るラウルのかっちりとした軍装、騎士らしい男らしい装い---かつて真摯に憧れたその姿に、自分の、娼婦のような出で立ちが尚のこと恥ずかしくなった。思わず、くる---と背中を向けた。 「如何なさいました?スゥエンさま---」 「見ないでくれ、ラウル。---オレのこんなとこ、見られたくない---。」  声が震えていた。涙ぐんで両手を握りしめるスゥエンに、ラウルはそっと近づき、肩に触れた。 「何を仰せられますか。---ラウルはスゥエンさまがご無事で在られただけでも、心底安堵しております。---さ、お顔を見せて、お話したいことがございます。エラータからの伝言と、お渡ししたいものも---。」 「エラータから?」  スゥエンは、恐る恐る振り返った。ラウルは、小さく微笑んでいた。幼い頃から、ずっと傍にいた、変わらぬ優しい笑顔。厳しくも頼もしい韋丈夫の暖かい眼差し---父のような---。  スゥエンの目から、滴がふたつ三つ零れて、頬を伝った。 「ラウル----。」 「スゥエン------さま?」  次の瞬間、スゥエンはラウルの胸元に取りすがり------泣いていた。ラウルは、そっとスゥエンの頭を撫でた。素直で明るくて、誰よりも強くなりたいと、必死で頑張っていた少年---それなのに------。 ーお可哀想に---。ー  ラウルは、その痩せた肩を抱きしめた。明らかに、ナヴィアにいたときより、痩せて窶れている。 ーオルテガ殿は、どんな扱いをしているんだ---。ー  怒りが、ラウルの内に込み上げてきた。が、後ろにはヴェーチェが控えている。バスティアの、オルテガの側近の中でも、恐ろしく腕も頭も切れる男-----“ジャッカル“のヴェーチェと呼ばれ、どんな汚れ仕事も主のためなら厭わない男---ラウルの耳にも、その噂は届いていた。 「落ち着かれましたか?」  そのヴェーチェは、ひとしきりスゥエンが泣き止むまで、黙って待っていた。そして、ラウルの顔をジロリ---と一瞥して、言った。 「サロンにお茶のご用意が出来ていますので、そちらで、ゆっくりとお話をなされませ。」 「うん---。」  まだ少ししゃくりあげるながら、スゥエンは頷き、ラウルを見上げた。変わらぬ優しい笑顔だ。が、部屋を出ようとする二人の背中にヴェーチェが氷のような一言を投げ掛けた。 「ラウル様、御持参いただきましたスゥエンさまの“婚礼衣装“は、後ほど主が戻りましたら、お披露目させていただきます。」  ラウルは無言でヴェーチェを睨み付け、スゥエンは振り返らなかった。 ー婚礼など、せぬ。ー  スゥエンは、無言で硬く唇を結んでいた。 

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