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第29話 オルテガの不在

「ワシはしばらく王宮に戻らねばならん。」  オルテガが、そう切り出したのは、ラウルが来訪した日の夜だった。散々にスゥエンを嬲った後、スゥエンの頭を首元に抱え込み、言い聞かせるように囁いた。 「せっかくラウルを呼び寄せてやったんだ。大人しくしておれ。」  スゥエンは、黙って頷いた。いつ発情期になるか分からない。その時に独り残されるのは、正直、不安だった。ラウルの訪問は偶然···ではなく、オルテガが遠回しに呼び寄せたものだと、何とは無しに察せられた。 「寂しいだろうが、少しの間だ」 「寂しくなど、無い」  背を向けようとするのをオルテガの腕が引き戻した。 「意地を張るのは良いが、つまらぬ真似をするなよ。」  底光のする眼が爛と睨んだ。逃げさせはせぬ。···ということか、とスゥエンは肩を竦めた。 「あの男、お前の傅役のラウルには番がいるそうだな。」 「だから、呼んだんだろう。あんたが留守の間に間違いを犯さないように---さ。」  番がいれば、番以外のフェロモンには影響されない。見張らせるには最適だろう。しかも、国益とやらを考えれば、脱走などを仄めかす訳もない。オルテガの不興を買えば、平穏は再びいとも簡単に崩れ、今度はもっと酷いことになるだろう。ふと、スゥエンはあることに気付いた。 「ヴェーチェも、行くのか。」  あの男がいなければ、少しも羽を伸ばせる気がした。が、オルテガの返事は期待外れだった。 「残る。あれにも番がおるからな。」  スゥエンは落胆した。と同時にひどく意外な気がした。オルテガ以上に冷徹で容赦の無いあの男に、『Ω』の番がいるとは、想像もつかなかった。が、オルテガはそれ以上何も言わなかった。 「大人しくしておれば、土産も持ってきてやる。帰ってきたら、うんと可愛がってやるから、辛抱しろ。」  翌朝、エントランスに形ばかりの見送りに出たスゥエンの頭を軽く撫でて、オルテガが言った。 「いらん。」  横を向いて、よく帰ってくるな。ーと言いたげなスゥエンに苦笑しながら、オルテガはヴェーチェに言った。 「書斎を使わせてやれ。本を読むくらいはさせてやらんと退屈だろう。」 「かしこまりました。」  慇懃に頭を下げてオルテガを見送るヴェーチェの無表情な顔を、スゥエンはつくづくと眺めた。 ー本当に、この男に番がいるのだろうか?ー 「何か、ついておりますか?」  視線に気付いたヴェーチェに冷やかな眼差しで睨まれた。スゥエンは、やはり信じ難かったが、少なくともオルテガが、自分以外に『あのような事』はさせないよう細心の注意を払っていることだけは分かった。  それが、スゥエンのためなのか、オルテガの欲なのかは、測り難かったが、ともあれ、しばらくは清々と手足を伸ばして安眠できることだけは確かだった。

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