3 / 13
3
PCが起ち上がった。小さく震える手で史晴がカードリーダーを挿す。シンプルな黒い壁紙に動画ソフトのポップなロゴが浮かび上がる。
画面はすぐに明るくなった。
映ったのはワンルームの一画。
小さなローテーブルと、部屋の大きさに不釣り合いなダブルベッド。脱ぎ散らかされた衣服や転がったビールの空き缶などが、部屋の持ち主の性別を匂わせる。
「アキ。カメラ変えたか?」
不意に昔の名で呼ばれて、千彰は隣に座った史晴を見た。
「あ……うん。ちょっと高いヤツにした。前のは……」
「わかった。もういい」
前のは画質が悪すぎたからと続くはずだった言葉は、冷ややかな声に掻き消される。史晴の視線は画面に釘付けになったまま、千彰のほうを振り向きもしない。
一瞬の高鳴りに膨らんだ胸が、冷え固まって萎んでいく。
しばらく静止画のような映像が続いたあと、ようやく画面に動きがあった。
狭い廊下を男がひとりこちらにむかって歩いてくる。ゆったりとしたスウェットの上からでも筋肉質の体つきがよくわかる、いかにも女ウケの良さそうなイケメンだ。
茂木祐司。小学校からの付き合いの年上の幼馴染みの名を、千彰は心の中で忌々しく呟いた。
「祐司」
弟が嫌悪感とともに思い描く名前を、兄はいつもうっとりと囁くように口にする。
下半身にだらしのない兄史晴が、唯一、心から愛した男。
いま兄弟が見ている映像は、千彰が独り暮らしの祐司の部屋を撮影したものだった。カメラは祐司の部屋の隅にある観葉植物の蔭の、見えないところに隠してある。
画面の中の祐司はスマホを弄りながら、時折廊下のほうを振り振り向く。しばらくするとバスタオルで華奢な身体を隠した若い女がやってくる。
千彰は横目で史晴を見た。
胡座をかいた太腿に頬杖をつき一心不乱に画面に食い入る姿は、女が瑞々しい裸体を祐司の身体に巻き付けたときも、ぴくりとも動かなかった。
無機質な、美しい人形のような顔のなかで、史晴の燃えるような瞳だけが荒い呼吸を繰り返している。
やがて祐司と女は、絡み合いながらベッドへ沈んだ。
女が祐司の身体に跨がり、スウェットの裾から手を差し入れる。祐司が腰を上げると、引き下ろされたズボンの下から濃い体毛の張りついた両脚が現れた。シャワーを浴びたばかりなのか、全身がしっとりと濡れている。
女が照明のリモコンらしきものに手を伸ばした。祐司がやんわりとそれを止めると、女は大して力の入っていないような仕草で祐司を叩く。ピンク色の化粧気のない唇が、もう、と呟くようだ。
甘ったるい空気は画面越しにも伝わってきていた。浅いキスを繰り返しながら、女と祐司はゆっくりと体勢を入れ替えた。
祐司が獣のように女に覆い被さる。細い腰を両腕で抱え上げるように引き寄せ、女の豊かな胸に顔を埋める。女の表情は見えない。下から細い腕がにゅっと伸びて、祐司の少しだけたるんだ腰にしがみつく。
白い爪先が足元にわだかまっていた毛布を器用に指と指とで摘まみ上げ、床に落とす。
それに気づいた祐司が肩を震わせる。
笑っているのだろう。
〝ここんとこ飲み会続きでさあ。ユリにも呆れられてるよ。式までに痩せてねって、わざわざジムの予約がついてるプランとか選んじゃって〟。
そんな暇あるかってなぁ、と同意を求められたのは今日の――日付は変わっているから、昨日か――昼のこと。
一週間ぶりに部屋を訪ねた千彰を、その日有給をとって休んでいた祐司が快く出迎えてくれた。
祐司がトイレにいっているあいだにカメラを回収し終えると、ちょうどユリが買い物から戻ってきたところだった。
兄貴が貸していたマンガを返してもらいにきたという千彰に、彼女は嬉しそうに、〝新居にはお友達を呼ぶお部屋を作る予定ですから、今度はお兄さんも一緒に遊びに来てください〟と、はにかみながら答えた。
これから式のリハーサルなんです、と笑う彼女は、とても目の前で痴態を繰り広げている女と同一人物とは思えない。
当然だろう。よもや婚約者以外の男にセックスを楽しむ姿を見られているとは、夢にも思っていないのだから。
その彼女に覆い被さって、祐司もまた我を忘れて腰を振っていた。
がっちりと筋の浮いた男の尻が、割れ目の奥の奥まで晒しながら不様に揺れている。カメラはベッドの足元から映しているから、祐司が激しく揺れると画面いっぱいが男の尻に埋め尽くされたような錯覚に陥る。
――悪趣味はどっちだ。
この尻に史晴はイカレているのだった。千彰が吐き気を催すほど汚いと思っている、男のケツに。
ノンケと知っても、婚約者がいるとわかっていていても。
兄は、この尻に自分の欲望を突き立てたいと思っている。
そして、それが一生かなわない夢であることも知っている。史晴だって馬鹿じゃない。どんなに願おうが、どれだけたくさんの男を抱こうが、弟の親友が自分を愛することなどありえないとわかっているのだ。
それでも。
――そんなにコイツがいいのかよ。
ホモ嫌いの弟に頭を下げて、大好きな男漁りを制限されて。自分ではどうしようもない感情に、一日中ちくちくと嫌味をいわれても。
それでも、このたった数時間の祐司の尻を見るために、史晴は――。
「っ、は? おい、なに――」
画面に――画面の尻に夢中になっていた史晴を、千彰は突き飛ばした。
その上に覆い被さり、驚いた兄が正気に戻る前の一瞬の隙をついて熱く膨らんだ股間を掴みあげる。
ともだちにシェアしよう!