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「やめろっ」
それまでろくな抵抗もなかった史晴が我に返ったのは、弟の手がファスナーにかかったときだ。
一足遅く、露わになった灰色のボクサーパンツが外気に触れた瞬間、青白かった顔に今度はさっと赤みが赤みが差す。
「あ――」
「手伝ってやるっていったじゃん。大丈夫。さわるだけだから」
「やっ……!」
ぱん、と頬を撲つ音がする。しかしそれは小気味よい音だけを響かせただけだ。
千彰は止まらなかった。
止まるどころか、よけいに燃えた。
じん、と熱く痺れる感覚が、冷たい空気に晒された肌を火の粉のように炙りはじめる。
全身が――身体の一部が熱くなる。
「抜きたいんだろ? ほら、あっち見てみろよ。盛り上がってる」
だから、俺たちもさ――最低だ。言葉のあまりのおぞましさに、口にした本人でさえ胸糞が悪くなる。
頭の中では警鐘が鳴り響いていた。
ガンガンと、こめかみに流れる血のリズムで鼓膜を叩く。
「兄貴」
止めてくれ。殴ってでも。
願う心とは裏腹に、兄を呼ぶ声はひどく甘くなった。鼓動が激しい。つん、と耳が詰まる。
世界とのあいだに一枚膜が張られたようだった。目の前の史晴が途端に現実味を失う。
「アキ」
史晴が呟いた――ような気がした。
泣きそうな顔をしている。長い睫毛が小刻みに揺れている。
ふと、手の中の熱い感触が萎んでいないことに気づいて千彰は視線を下げる。
「……はは。全然イケそうじゃん」
そう、抜いてやるだけなら、これまでに何度でもあった。飽きもせず祐司で興奮する史晴をからかうために――目の前でさせたこともある。
罪悪感はなかった。
千彰の協力なしに祐司に近づくことはできないし、ましてや、盗撮など犯罪行為以外のなにものでもない。事実、それだけの労力とリスクを千彰ひとりに負わせている自覚は史晴にもあるのだ。
史晴は祐司の近況とポルノ映像を手に入れる。代わりに千彰は、史晴を虐げて溜飲を下げる。
セフレとの付き合いを制限するのも、単なる千彰の嫌がらせにすぎない。
だから、史晴は逆らわない。
熱を持て余してセフレの誘いにのろうとしてしまったことも、〝契約違反〟として史晴をしっかり縛っている。
「腰上げて」
脱がすから協力しろ、と顎をしゃくる。すでに抵抗する気力もない史晴は、大人しく腰を捩るようにして下を脱いだ。
うっすらと筋肉のついた、しなやかな両脚。爪先にわだかまるようにして残る脱げ掛けの靴下がいやらしい。
「……あいかわらずスケベなカラダだな」
呟くと、史晴が恥じらうように身を捩った。
史晴の男の部分は『使い込まれて』いる。誰が見てもそう思うだろう。
なのに千彰の触れる史晴はなぜかいつも受け身で、被虐的な雰囲気を漂わせていた。
――男のケツ掘るカラダかよ、コレが。
『食ってくれ』といわんばかりの儚げな表情と、『食い慣れた身体』とのアンバランスさ。
それが普段の冷徹な態度とも相まって、まるでジェットコースターのように千彰の心を掻き乱すのだ。
「ほら」
画面を史晴からよく見えるように置いてやる。シークバーを動かして、一番盛り上がっている場面を映した。
のろのろと、胡乱な目をした史晴が顔を向ける。
兄の意識が画面に移ったのを確認して、千彰は甘く芯をもった史晴自身に手を伸ばす。「つッ……」
「ごめん」
史晴の横顔が歪んだのを見て、強く握りすぎたのだと気づいた。じっとりと汗で湿った手を今度はゆるゆると動かした。
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