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 史晴が感じ始めた証拠に、少しずつ手のひらが汗以外のもので濡れてくる。 「なあ――尺ってやろうか」  口に出した理由はなんとなくだった。  もっと濡らしたほうが気持ちがいいんじゃないかとか、若干潔癖の気のある史晴がどんな顔をして嫌がるかとか、そんな軽い気持ちだった。  だが。  ――嫌がらねえのか。  それとも祐司に夢中で聞こえなかったか。史晴は顔を上げることもしない。  どっちでもいい。抵抗がないのをいいことに、千彰は史晴自身を喉奥まで一気に呑み込んだ。  史晴の喉がひくり、と動く。  調子に乗った千彰は、咥内を余すことなく埋め尽くす生々しい塊を自分が女にされて〝イイ〟と感じるように愛撫していく。  にわかに張りを増した裏筋を舌先で抉り、頬をすぼめて肉に吸いつく。  嫌悪感はない。感触も、手で触れたソレとそれほど変わりはない。  それよりも、自分の身体のなかに史晴を迎え入れたことに対する背徳感のほうが強かった。  兄のモノを咥えている。傲慢で、高飛車な史晴の大事な場所を。  史晴の性格からして、男に奉仕されることはそれほど珍しいことではないだろう。むしろ喜んでさせそうだ。  狙った男に対してはいつも女王様然とした史晴の周囲には、自然とそういう扱いを喜ぶ男が寄ってくるのだと――いつか彼のセフレのひとりに聞いたことがある。  ずく、と下腹が疼いた。  いま組み敷く男は女王様でも、男好きのヤリチンでもない。  誰よりも史晴に近い自分だけが――千彰だけが目にすることのできる史晴だ。 「ぁ、っ……!」  突然の胸への強い刺激に史晴があわてて振り向いた。いつの間にか捲りあげられたシャツに驚き、弟の指が露わになった突起を摘まみ上げているのを見て、二度目を瞠る。 「アキ、おまえっ……やめろ!」 「ぁんで?」  つう、と千彰の舌先が史晴の昂ぶったモノを下から撫で上げ、唾液の糸が引く。史晴はその光景を、目眩を堪えるかのような顔で見下ろしている。感じてるのか、さっきよりも息が荒い。 「そこは」  だめだ、と開きかけた唇が、真っ赤になった乳首をくすぐられて吐息を漏らした。 「イイんだろ、ココ。チンコがよくて乳首はダメなのかよ」 「きもちよく……ない。俺は女じゃ……」  説得力とは到底無縁の蕩けた顔で史晴は答える。 「別に男でも感じると思うけど。兄貴だって、他のセフレにはやってんだろ?」 「おま、えは、セフレ、じゃ」 「へえ。じゃあ――」  じゃあ、俺って兄貴のなに?  思わずそう聞き返そうとして、千彰は自嘲した。  バカバカしい。そんなこと。  。 「……いいから。ほら」 「ん……あ、ああっ……」   指が突起を掠めるたび、途切れる声に喘ぐ吐息が混じる。そこが人一倍弱いのだと知って、千彰の愛撫にも力が入る。  映像はいつの間にか終わっていた。オカズであるはずの祐司が目の前から消えても、史晴は快楽に流されたままだ。 「史晴……」  肉棒を吸い上げる合間に、そっと兄の名を呼んでみる。目を閉じ、指の背を噛んで快楽を貪る兄は、弟に突起を強く摘ままれて時折いやらしく腰を跳ね上げる。そのたびに喉奥を突かれて嘔吐きそうになるのを、千彰は必死に堪えた。 「あっ!」  張り詰めた肉塊が口の中で限界を訴えてくる。  もう少しで出る――その瞬間、千彰は口の中いっぱいに膨らんだオスを吐き出す。こぼれ落ちるように飛び出したソレは千彰の唾液でてらてらと光り、まるでそこだけ別の生き物であるかのように次の快感を求めて揺れた。 「史晴……史晴っ」  カチャカチャと自分の手が慌ただしくベルトのバックルを外すのを、千彰はどこか夢心地のような気分で見下ろしていた。  閉め切った部屋には鼻をつくようなオス臭さが充満している。千彰が自身も痛いほど張り詰めたオスを史晴のそれに押しつけると、生温かい熱と湿った感触が混じり合って息苦しいほどの熱気が立ち上る。  熱い。くらくらする。  部屋が暑すぎて、史晴がいやらしすぎて、まともな思考など到底保てない。  ――イケる。  なぜか千彰はそう確信した。  なにが、とはいえない。むしろ、千彰自身にもそれが何であるかはわからない。  それでも、心の奥に長いあいだ眠っていたなにかが、いまこの瞬間だけは報われるような気がしてならない。言葉にできない衝動が抑えきれない。  目の前で誘うように揺れる腰。感じやすい脇腹を指先で掻き回して、しゃくりあげるように尻が浮いたところを千彰はすばやく掴みあげた。  互いに濡れたモノを擦りつけながら、餅のように滑らかな感触を根元まで辿る。じっとりと湿ったその場所に行き着くと、そこへ慎重に指を押し当てた。  熱い。  千彰の指を呑み込もうとでもするかのように、無垢な史晴の蕾は激しく収縮する。もう少し濡らせばそのまま入ってしまいそうだ。  史晴の身体の、奥の奥。  誰も触れたことのない、秘密の場所。 「史晴」  耳元で熱く囁く。  イケる。もう一度、自分に言い聞かせるように千彰は心の中で呟いた。腰を引き白い両脚を一気に抱え上げる。  そうだ。俺は、ずっとこうやって――。  我を失った千彰のオスが史晴を貫こうとする。  あと少しで先端が史晴の中に触れる。  そのとき。 「千彰」  固い声だった。  そして、次にそれよりもはるかに固い拳が千彰の耳元を襲った。  長身の千彰が思わずベッドに手をつくほどの、容赦のない一撃。一瞬遅れて目眩と強い痛みがやってくる。そのときはじめて千彰は、自分が史晴に殴られたのだとわかった。 「い……ってぇ」  鼓膜をやられたのか、がんがんと耳鳴りがする。   ショックと痛みに心臓が早鐘を打った。虚勢を張ってなんとか顔を上げると、さっきまで千彰の下で身も世もなく喘いでいた兄はそそくさとベッドから下りて、乱れた衣服を整えている。 「なにすんだよ、史……兄貴」 「おまえ、なにか勘違いしてないか」  そういって振り向いた史晴の顔は、まるで何事もなかったかのようにすっきりとした表情を浮かべている。  「は?」  なにを勘違いしているというのだろう。  史晴を抱こうとしたことか。  それとも。 「なに。俺に女にされるのが、そんなにイヤだったわけ?」  プライドの高い史晴のことだ。それまで誰にも触られたことのない場所に触れられて、反射的に手が出るのも無理はない。そう思うと、少しだけ史晴が可愛く思えてくる。 「あのさあ」  千彰はまだ湿ったベッドにごろりと横たわり、肘をついた。  殴られた頬はまだじくじくと痛みを訴えているが、千彰と史晴では体格差がある。次の日まで痕が残るようなことにはならないだろう。 「兄貴のそういうところ、そりゃ好きなヤツもいるんだろうけど、俺はどうかと思うよ。結局ホモってどっちも男だろ? これまでは掘られたい男ばっかり寄ってきてたかもしれないけど、もしかしたら祐司はちがうかもしれないじゃん。万が一……まあ奇跡的に祐司とそういう雰囲気になったとして……そのときになって、いざ〝掘りたい〟〝掘られたい〟ってお互い揉めたらどうなんの? そんなくだらないことでチャンスぶち壊すのもったいなくない? だから俺は、俺で練習しとけば、って思ったわけ。こういうのって、いままで兄貴が掘ってた男には頼みづらいだろうし?」  欲も満たせて、不測の事態に備えることもできる。  一石二鳥でむしろ感謝してほしくらいだと訴えると、 「黙れ」  何の感情もない、無機質な瞳が千彰を貫いた。  見たこともないような兄の表情に千彰はたじろぐ。 「な……んだよ、マジになって。なに怒ってんだよ……アレ? ホモなのバカにされたから怒ってんの? んなの、それこそいまさらだろ。こっちはさあ、盗撮なんかしちゃってさ、見たくもない男のケツ見せられてんだよ。それでも、たったひとりの兄貴だしさ。俺が助けてやりたいって思うから、だから――」 「その兄貴におまえ、なにしようとした?」  引き攣ったままの千彰の笑みが固まる。史晴は相変わらず背を向けたままだ。  視線だけが、まるで錐のように鋭く千彰の胸を突き刺す。 「ゲイをバカにするのはいい。ノンケのおまえに理解してくれなんていわない。興味本位で触るのも、他のヤツに迷惑かけるくらいなら我慢してやる。でもな、アキ」  史晴がなにをいうのか、千彰にはわかっていた。  そしてそれが、おそらく自分が一番聞きたくなかった言葉だということも。 「俺は弟とはセックスしない。絶対にだ」

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