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「父さんと母さんが死んだときのこと、覚えてるか?」
千彰は首を横に振った。
「俺はよく覚えてる」
あれは史晴が9歳、千彰が7歳のときだ。
あの日、兄弟は近所の叔母の家に預けられていた。
日曜の夜だった。
「夜中に電話がかかってきて、父さんと母さんが事故に遭ったって」
リビングで通話しながら、叔母がなにやらしきりに頷いていた。声は固く、表情は虚ろだった。
「俺は昔から〝良くないこと〟に敏感なんだ。嫌な予感ほどよく当たる。ほら、リビングで鳴ってる電話なんか、二階の俺たちの部屋からは聞こえなかっただろ。でもあの夜、俺はなんでか電話の音で目が覚めて、下まで様子を見に行ったんだ」
階段の蔭に座り込んでいた史晴を見つけたとき、叔母は小さく悲鳴を上げた。そして動揺を隠すように深呼吸をすると、幼い史晴を不安がらせないよう、平静を装って千彰を起こしてくるよういった。
両親の葬儀は簡単なものだった。
出席する人間が極端に少なかったせいもある。両親は隣県にある父方の実家に法要のために出掛けていて、事故に遭った車両は親族一行を乗せたマイクロバスだった。式が終わって彼らを滞在先のホテルまで送る途中、バスは大型トラックと正面衝突し、乗っていた全員が崖下に転落して死亡した。
結果、葬儀に参列する親族のほとんどが身内に死者を出したのだった。皆、自分たちの葬儀で忙しく、幼い兄弟を気遣う余裕のある者はいなかった。
子どものいなかった叔父は当然のようにふたりを引き取るといってくれたし、進学の際には『私立でもかまわない』といってくれたから、保険金は兄弟のために充分残されていたのだろうと思う。
父母の死をきっかけに千彰はますます史晴にべったりになり、その日から史晴に、〝弟と叔母夫婦との仲を取り持つ緩衝材〟という新しい役割が加わった。
「俺はな、アキ。昔からお前がうっとうしくてしょうがなかった。……ああ、そんな顔するなよ」
ひどい顔だ――千彰の涙を拭ってやりながら史晴が笑う。
「いま……」
「ん?」
「いまでも……?」
いまでも自分が煩わしいのか。そう訊ねると、
「どうかな」
ふ、と史晴が相好を崩した。目尻がアルバムの中の父親によく似ていてドキリとする。
この胸の高鳴りは――罪悪感だ。
普段は思い出しもしない父親の顔が、どうしてこんなときに限って頭にちらつくのだろう。
「どうかなって、なに」
「兄弟ってそういうもんじゃないか? 歳の近い弟なんかはとくに。うっとうしいけど、可愛い。俺にとってもおまえはそうだ」
「それって――俺がどんなに頑張っても、〝弟〟以上にはなれないってこと?」
「……恋人は兄弟よりも立場が上か?」
千彰は黙った。
史晴は窓の外を見ている。
窓に映る、ふたりの顔を交互に見ている。
「実際」
千彰と史晴は似ていない。
こうして並んでも、何の説明もなければふたりを兄弟だと思う者はいないはずだ。
「おまえは俺の弟だし、どうやったって俺はお前の兄貴だ」
「んなこと、わかってるよ! でも俺は……!」
「おまえは弟だよ。だから、お前に触られて……俺は興奮した」
お前に触られて、勃ったんだ――史晴の顔が千彰を見て、くしゃりと歪んだ。
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