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「な」  濡れた瞳が千彰を見る。  なにをバカな、と睨みつける目から千彰は目を逸らした。 「だってもう、それしかない」  史晴を自分だけのものにできるのなら、べつに〝弟〟でもかまわない。  最大の禁忌が血の繋がりであるのなら、これ以上に彼を惹きつけることのできる関係性はないということだ。  それに。 「俺にしときなよ。兄貴の昼の顔も夜の秘密も、両方知ってるのは俺だけだ。俺が相手なら、兄貴は何にも悩まされずに、これからは好きなことができる」  たとえば、誰にもいえないような恥ずかしいこととか――。  耳元で囁かれる甘い誘惑に、腕の中の兄がくらりと目眩を覚えたようだった。  千彰のシャツを握る指にぎゅっと力がこもる。 「ダメだ……」 「なんで? もしかして、俺の心配とかしてる?」 「あたりまえだろ。実の兄貴となんて、もし誰かに見られたら――」 「なに。誰かに見られるようなところでしたいことでもあるの?」  くす、と笑われて、史晴の両肩が強張った。 「心配しなくてもうまくやるよ。俺たちが一緒に住んでるのはみんな知ってることだし、誰も怪しんだりしない」 「コウ、さんとか。みんなも……」  ――ああ、そうだ。  千彰は舌打ちした。  同時に、じわじわと溢れてくる喜びも噛みしめてもいる。  結局、世間の目という障害さえ取り除いてしまえば、史晴に本気で千彰を拒む気はないということだ。さっきから口にしている否定の言葉も、実際はほんの建前なのだろう。  腕の中の身体はゆったりと千彰に重みを預けていて、見上げる両の目尻にはほんのり赤みが差している。  彼は興奮している。この期に及んで、どうしようもなく。  自分をクズだという史晴は正しかった。  史晴は汚れているのだ。身体の芯から。心の底から。  そして千彰には、それを受け容れるだけの覚悟も欲もある。  だとしたら、一体自分はなにをためらう必要があるのだろう。 「大丈夫。俺がなんとかするから」  細い黒髪のあいだから覗く白い額に口づけた。ぴく、と唇に震える感触がある。 「や……」  返ってくるのは、はっきりとした拒絶だった。 「きもちわるい?」  当然だ。史晴は自分を好きなわけじゃない。千彰を男として見てはいない。  そんな相手に口づけられて、嫌悪感がないわけがない。  でも、史晴は。 「きもちわるいのもイイんだろ? 弟にそういう目で見られて、脱がされて、無理やりされるのがいいんだろ?」 「……め……ごめ、アキ……」 「泣かないでよ。わかったから。でも俺やめないよ。兄貴が吐いても、逃げても、どこまでも追っかけて無理やり抱く。それでもいい?」  訊ねるのはこれで最後にするつもりだった。これ以降は嫌がられようが逃げられようが、二度と彼を手放すつもりはない。 「ダメ、だ」 「あっそ」  史晴のジャケットのボタンを外し、ベストに手を掛けた。驚いた史晴が後退ろうとするのを腰を抱いて引き戻す。 「悪いけど、兄貴の『ダメ』はもう信じないことにしたから」 「な……それじゃ、っ」  どう答えても一緒じゃないか――食ってかかる史晴の短い襟足を、ぐ、と掴む。  たまらず天を向いた喉仏の隆起に、千彰は尖った歯で食らいついた。  恐怖からか、快楽による痺れからか。史晴の両膝から力が抜け、全体重が千彰の腕にのし掛かる。  心地よい重みを感じながら、千彰はゆっくりと史晴を押し倒した。  影になった場所で史晴の顔が引き攣る。ベストを脱がしてタイを引き抜く。  汗と涙に湿った身体からは生々しいオスの匂いが立ち上る。控えめに香る香水の甘さと混ざって、くらくらするほど扇情的だった。  スーツ姿の史晴を組み敷くのははじめてだ。清潔で、清廉な日常を土足で踏みにじるような背徳感がある。  千彰が肌に口づけを落とすたび、史晴は冷たい床の上で身を捩った。眉をひそめ、唇をぎゅっと噛んで、与えられる刺激に耐えている。  いつものように、『やめろ』とはいわない。  それでも視線だけは抵抗しているのだといいたげに、一度も千彰を見ようとしない。  見られていないのをいいことに、千彰は史晴のスラックスから下着までを一気に取り払った。 「……っ」  史晴の目からこめかみへ、つう、と涙が一筋こぼれた。指先ですくい上げて舌に乗せると、充分に味わってから千彰はそれを飲み込む。おなじ遺伝子でつくられているはずなのに、史晴の涙は不思議と甘い。 「好きだよ、兄貴」  名前は呼ばない。  それはこの歪な関係を成立させるための、たったひとつの約束事かもしれない。 「兄貴。兄ちゃん。こっちむいて」  ゆるゆると手の中で柔らかい塊を転がす。徐々に湿り気を帯びてきた先端を指で摘まむと、史晴は嘘のような感度のよさでソコを濡らしていく。

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