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第1話 ②

 目を覚ました快は、ベッドに寝転がったままで枕元の携帯電話に手を伸ばした。  時刻を確認すると、昼の十二時を過ぎている。 「あー……しまった。寝すぎた……」  いつもなら遅くとも十時半までには目が覚めるのに、夜が明け始める頃まで亮次と話していたせいだろうか。  快は起きあがると、適当な服に着替えた。  食べるものが何もないのでコンビニにでも行こうかと、財布と鍵だけを持って玄関を開けた。  同時に、誰かがすぐ横の壁にもたれかかって立っていることに気づく。 「どこかへ行くのか」  声をかけてきたその人は、一条悠利だった。  明らかに待っていたような態度だが、こんなところで待たれるような覚えはない。 「えっと、一条さん、だよな。なんでここに?」 「亮次さんにお前と一緒にいろと言われた」  それはつまり、彼のボディガードを引き受けたことになっているということだろうか。  無理だとはっきり言ったはずなのに。 「どこへ行く」 「え、ああ、ちょっとコンビニに」 「そうか」  悠利は壁から背を離すと、先に歩き出して階段を下りていく。  もしかして一緒に行くつもりなのだろうか。  玄関の鍵をかけると、快も階段を下りた。追いかけたわけじゃない。どうやらついてくるつもりらしい彼と行く方向が同じなだけだ。 「なあ、お前狙われてるって聞いたけど、一人で外にいないほうがいいんじゃないのか」 「こんな明るい時間から狙ってくるやつなどいないだろう」 「わかんねえだろ、そんなの。ていうかいつからあそこにいたんだよ」 「部屋を出てからだ」 「そうじゃなくて、それが何時なのかって」 「さあ」  答える気がないのか、それとも本当にわからないのか。  アパートを出て、快より少し前を歩く悠利の足取りには迷いがなかった。どうやらここから一番近くにあるコンビニの場所を、彼は知っているらしい。 「俺のことを話したと亮次さんから聞いた」 「ああ、なんか人とは違う力があるとかってやつか? 悪い、勝手に聞いちゃったけど」 「いや、いい」  悠利が振り返った。上着のポケットから出したアパートの部屋の鍵を、手のひらに乗せて差し出してくる。 「こういう力だ」  直後、手の上の鍵が浮いた。  見間違いではなかった。ほんの数センチだが、浮くはずのないものが浮いているのを、この目ではっきりと見た。  ありえない光景に思わず目を奪われてしまった快は、はっと気づく。 「お、おい、何やって」 「お前が信じていないと亮次さんが」 「そうじゃなくて! こんな誰が見てるかわかんねえとこで」 「大丈夫だ。誰も見ていない」  悠利は鍵を握るとポケットに戻した。  超能力のような力がある、と亮次から聞いたとき、確かに信じきれてはいなかった。  だがこうして目の前で見せつけられたら信じるしかない。 「俺がここに来たのは、この力を失くす方法を探すためだ」 「力を失くす? そんな方法があるのか」 「ああ」  保護した、と亮次は言っていたが、どうやら彼自身にも目的があるらしい。 「じゃあお前は、その超能力みたいな力を失くしたいって思ってるのか」 「もったいないと思うか」 「いや、いいんじゃないか。お前がいらないって思うなら」  快は迷わず答えた。  もったいないと思う人もいるかもしれない。  だが、人とは違う力を持っていることでの苦労は彼にしかわからないし、何より一番大事なのは彼自身がどうしたいかだ。 「そうか」  呟くように言うと、悠利はくるりと背を向けて歩いていってしまう。  一見、機嫌を損ねてしまったとも勘違いしかねない態度だ。だが亮次は、彼はいつもこんな感じだと言っていた。  後ろを歩きながら彼の背中を見れば、確かに怒っているわけではないらしい。 「なら午後からでも探しに行くか? うち、どうせ仕事ないし」 「嘘だ」 「は?」 「力を失くす方法など聞いたことはない」 「はあ?」  意味がわからない。  思わず立ち止まってしまった快を、悠利が振り返ってくる。 「行かないのなら置いていくぞ」  言うなり前を向いて、彼はすたすたと歩いていく。 (……何なんだ、一体)  その嘘にどんな意図があるのか、快には全くわからなかった。

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