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第1話 ⑧

 夜が明けたばかりの頃。  悠利が事務所を訪れると、亮次はソファに寝転がっていた。  だが眠っていたわけではないらしい。ドアの開いた音に気づくと体を起こして笑いかけてきた。 「お、来たな。お前のことだから勝手に出て行くんじゃねえかと思ってたんだがな」  嘘だな、と悠利は思った。勝手に出て行くと思っていたなら、こんなところでのんびり寝転がっていたりしないはずだ。  向かいのソファに座った悠利に、亮次がたずねた。 「で? ここに来たってことは、俺の頼みを聞いてくれる気になったってことだな」  実のところ、悠利は保護されてここへ来たわけではなかった。それも目的の一つかもしれないが、もっと違う別の理由があった。  快を守ってやってくれないかと、亮次にそう言われたからだ。 「もともと嫌だとは言っていません」 「でも乗り気じゃなかっただろ」 「それは、何度も言ったとおりです。俺がそばにいるとあいつを巻き込むことになるからと」 「それでもやっぱりそばにいたいって思ったってことだよな」  亮次があまりにも無遠慮に言い当ててくるから、何も言えなくなる。 「いいじゃねえか。お前らどっちも厄介なんだからよ。お互い守り合ってりゃちょうどいいってことで」 「投げやりですね」 「どこがだよ。名案だろ」  大きな欠伸をしながら亮次が立ち上がった。ポットの湯で彼が入れているインスタントコーヒーの匂いを嗅ぎながら、本当にこれでいいのだろうかと、ふとそんなことを思ったときだった。 「正直言うとな。お前があいつのそばにいてくれると俺が安心なんだよ。どうしたって俺のほうが先に逝っちまう。そうじゃなきゃ困るしな」  その後、今のままでは一人になってしまうだろう快のことを、亮次は心配している。 「いいんですか、俺で」 「なんだよ、めずらしく弱気だな。お前なら何があっても守るくらい言うんじゃねえかと」 「もちろん何があっても守りますが」 「お、即答だな。やっぱお前はそうじゃねえとな」  ホットコーヒーの入ったカップを二つ、機嫌よくテーブルに置いて亮次がソファに座り直す。 「あいつの意見はなしですか」 「ん? ああ、まあ必要ねえだろ」 「適当ですね」 「適当じゃねえよ」  湯気が見えるほど熱いコーヒーを、ず、とすすって亮次が言う。 「あいつだってお前のことを大事に思ってたのはわかってるだろ。記憶なんかなくてもな、そういうのは心の中に残ってるもんなんだよ」  そうなのだろうか。  今はまだ疑う気持ちの方が大きかった。快は本当に幼い頃のことを全く覚えていないようだった。  まだお前のことをよく知らないと、快に目の前で言われたときは動揺してしまった。そばにいると決めたからには、せめて彼の前では強くあろうと決心したはずなのに――……。  それでも、信じたくなる。  一緒に過ごした日々の欠片が、たとえ少しでも彼の中に残っていることを。

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