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第2話 ②
ホームセンターの事務用品売り場で、快は一番飾り気のない事務用ファイルを手に取った。
「まあ、これでいいか」
榎本探偵事務所の本棚は、現在、大変なことになっている。
本来の使い方とは違う向きで積み重ねられた書類は、かろうじて引き受けた依頼ごとに分けられているが、今にも雪崩が起きそうな状態だ。
いつか整理しなければと思っていたが、ホームセンターまで足を延ばした今がまさにそのときだ。
どれだけのファイルがあれば片付くのかわからないので、とりあえず店に並んでいる分だけ買い物かごに入れていく。
「なぜ今まで全く整理してこなかったんだ」
かごに詰められた大量のファイルを見下ろして、悠利が疑問を投げかけてくる。
「前の所長って、俺のじいさんなんだけどさ。結構ずぼらな人だったらしいんだよ。俺もあのすごい状態見ると片づける気なくなるし、亮次さんはそもそもやる気ないし」
「仕事はないと言っていなかったか」
「ないよ。ルミエールの子たちを送っていく以外は」
「なら普段は何をしているんだ」
たずねられて、快が事務所での一日を思い起こしてみる。
「コーヒー飲んだり、掃除したり、昼寝したり……とか?」
あらためて考えてみると、本当に何もしていない。
「……それでよく成り立っているな」
「まあな。俺もそう思うよ」
快が両手で抱えるようにして、大量のファイルが入った買い物かごを持ち上げる。
レジで会計をすませて、二人は車に戻った。
「昼、なんか食ってくか。なんか食べたいもんとかあるか?」
事務所へと車を走らせながら、快が助手席の悠利にたずねた。
「禁煙の店ならなんでもいい」
「煙草嫌いなのか」
「ああ。分煙じゃなく完全禁煙で頼む」
「よっぽどだな。なら何か買ってくか。亮次さんも昼メシのことなんか考えてないだろうし」
「あの人は意外と適当だな」
「意外でもねえだろ。ついでにお前には言われたくないと思うけどな」
食事は快が何か簡単なものを作るか、コンビニか弁当屋で買ってくるかのどちらかだ。たまに、実華子が料理を作って持ってきてくれることもある。
「そういやお前って、部屋に荷物持ってきてないよな」
今、快の部屋に置いてある悠利のものといえば、少し大きめの肩掛けカバン一つだけだ。
「亮次さんの部屋に置きっぱなしか?」
「いや、ない」
「は?」
「全て置いてきた」
「置いてきたってお前」
だがそういえば、彼はそもそもすぐにアパートを出るつもりだったと言っていた。
「持ってきたほうがいいんじゃねえのか。部屋だって解約するんだろ?」
「別に急ぐほど大したものは……」
ふと、思い出したように悠利が言葉を止めた。
「……やっぱり明日取りに行ってくる」
「なんか大事なもんでもあったのか」
「まあな」
「じゃあ俺も行くよ」
「いや、いい」
「なんでだよ」
「そうたいした距離じゃない」
「どのくらいなんだ?」
「高速を使えば車で二時間ほどだ」
「十分遠いだろ。ていうかお前、車乗れるのかよ」
少しの沈黙のあとで返答が戻ってくる。
「免許はある」
「それ、運転したことないって言ってるのと同じだからな」
一応ボディガードとしてついていこうと思っていたが、それ以前に、彼に運転をさせるのは危険な予感がする。
「じゃあ明日、午後からな。朝は起きる自信ないから」
悠利が何も言わなかったので、了承したということにしておいた。
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