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第3話 ③

 予想していた通り、深夜〇時を過ぎても亮次と実華子はまだ酒を飲んでいたので、快と悠利は先に部屋へ戻ってきた。  快はこたつに入って寝転がりながら、快は電気の消えた暗い部屋でひときわ明るいテレビの画面をぼんやりと見ていた。  いつもならルミエールの仕事のために起きている時間のせいか、一向に眠くならない。  体を起こして振り返ると、ベッドの上に寝転んでいる悠利は、手元を照らすライトをつけっ放しにしたままで枕元に本を置いて目を閉じている。  布団を被らないままで、本を読みながら眠ってしまったらしい。 (一人だったときはほとんど寝てなかったってのが嘘みたいだな)  快はこたつから出ると、自分がこたつ布団の上から被っていた毛布を悠利の身体にかけた。  そしてライトを消そうとしたとき、ふと目を閉じている彼の顔が目に入った。相変わらず長いまつ毛がほのかに影を落とす肌は、ライトの明かりに照らされているせいかより白く透きとおって見える。 (髪、さらさらだな)  伸ばした手が自身のものとは違う柔らかい感触に触れたところで、はっとする。  せっかく寝ているのに起こすようなことをしてどうする。 (……酔ってんのかな、俺)  快はライトを消すと、床に脱ぎっぱなしになっていたコートを肩にかけた。カーテンを少し開いて窓を開けるとベランダに出る。 「うわ、寒っ……」  体に吹きつけてきた冷たい風に、思わず声が出た。  夜の空には雲はなく、星も月もよく光っていた。いつもなら深夜にエンジンをかけている車が、暗い駐車場で静かに佇んでいる。  明け方近い夜中、二人であの車に乗って仕事へ向かうことが今の日常だ。 (だけど、ずっと、ってわけじゃないよな)  こうして一緒に住んでいるのも、悠利を守ってやってくれと亮次に言われたからこそのことだ。  だが悠利は、ずっと一緒にいたいと、快にそう言った。 (あれ、どういう意味だったんだろな)  告白みたいだと快が言ったとき、そうだと悠利は答えたが、今思えばどこまで本気だったのかよくわからない。  恋愛的な意味だったのか、それとも友人や家族に対するようなものだったのか。 (……ていうか、恋愛ってなんだ)  今まで考えたことがなかった。だが記憶がない頃の自分は、きっと誰かを好きになったりしたこともあったのだろう。  悠利が以前に住んでいたアパートにあった手紙を書いた頃の自分は、彼のことをどう思っていたのだろうか。 「何をしている」  窓を開ける音とともに、声がした。  振り返ると、コートを肩にかけた悠利がベランダに下りてきて快の隣に立った。 「あれ、寝てたんじゃ」 「お前が窓を開けたときの冷気で目が覚めた」 「あ、悪い」  だがベランダに出るためのサンダルは一つしかなかったはずだ。  気づいて彼の足元を見た快はぎょっとした。 「お前っ、裸足で出てくるなよ」 「ん? ああ」 「ああ、じゃねえって。足冷たいだろ。ほら」  快は履いていたサンダルを脱いで、悠利のほうへよこした。 「別にそう冷たくは」 「見てるほうが冷たいんだよ。いいからこれ履いとけって。俺は靴下履いてるから」  さらに押しつけられて、悠利は仕方なく一つしかないサンダルを履いた。 「それで何をしていたんだ」  悠利がもう一度たずねた。 「いつもなら起きてる時間のせいか寝付けなくてさ。ちょっと酔いでも覚まそうかと」 「そんなに飲んだのか」 「まあそこそこな。寒いから部屋入ってろよ」  しかし悠利は部屋には入ろうとせず、隣で夜の景色を見ていた。  遠くの道路で車がエンジン音をふかしていた。それがはっきりと耳に届くほどに辺りは静かだった。 「明日、家に行こうと思っている」  唐突に悠利が言った。 「家って、初音家の本家のことだよな」  当たり前のことなのに確認したくなった。  ああ、と悠利は頷いた。 「明日ってまた急だな」 「どうせ何も予定はないのだろう」 「そうだけど」 「行くと決めたときに行動しなければと、そう思ったんだ」  いつもと変わらない口調には決意が滲んでいた。悠利にとって初音家の本家は、心を決めなければ行けない場所のようだった。 「あまり期待はもてないが、あのユキムラとかいう男のことや箱のことで何か手がかりは残っていないかと思ってな。一緒に来てくれるか」  そんなのは聞かれるまでもない。 「そりゃ行くけど、いいのか。その箱のこととかって、他人に知られちゃいけないものなんだろ」 「確かにそう言われてはきたが、話が広まったり悪用されたりしないためだ。お前なら問題ない」  もちろん誰かに言いふらしたりはしないし、悪用するつもりなど微塵もないが、そこまであっさりと信頼されると少し戸惑ってしまう。  おそらくその信頼は、快が覚えていない過去からきているのだろう。悠利が信頼している幼い頃の自分と、今の自分が同じである自信は正直ない。  ならせめてその思いに応えられる自分でありたいと、そう思った。

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