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第3話 ⑥

 事務所に戻ると、応接スペースのテーブルの上には二人分の夕食が用意されていた。  その栄養バランスの良さそうな彩り豊かな和食を作ったのは、間違いなく実華子だ。    亮次は事務所にはいなかった。連休中の実華子の店で飲んでいるのか、それとも彼女と一緒に別の飲み屋に出かけているのか。  事務所で夕食をすませてから、快と悠利はアパート部屋に戻った。  電気の消えた部屋で、快はいつも通りこたつに寝転がりながら携帯電話を見ていた。  ベッドにいる悠利は、初音家の本家から持ってきた母親の日記帳を見つめている。だが鍵がないので、もちろん開くことはできない。 「それの鍵、また探しに行かねえとな」  中を見たいと思っているだろうと思って、快はそう声をかけたのだが。 「いや、どのようにすれば壊すことができそうかと」 「壊すなよ」  ずっと日記帳を見ていると思ったら、そんなことを考えていたらしい。 「大事なもんなんだから、鍵が見つかればそのほうがいいだろ」 「それはそうだが、一番大事なのは中身だからな。何か手がかりになるようなことが書いてあるかもしれない」  母との思い出よりも、手がかりになるかもしれないものの一つとして、悠利は中を確認したいと思っているのだろうか。  それが彼の本心なのかはわからない。だがたとえそうだとしても、やはりできれば壊すことは避けたい。 (鍵、見つかるといいけど)  快はごろんと仰向けに寝転がった。  完全に暗くなるのを避けるための小さく暗い常夜灯が、かろうじてお互いの顔を確認することができる程度の明かりを部屋に灯している。  快はふと、悠利がこちらを見ていることに気づいた。 「いつもそんなところで寝て体が痛くならないのか」 「あー、意外と平気。お前が来る前もこたつで寝たりしてたしな」  それどころか寝る時間も起きる時間も今よりずっと不規則だった。事務所のソファに寝転んだままで朝を迎えることもめずらしくなかった。  悠利が来てからというもの、大体決まった時間に寝て起きるようになって、これでもだいぶ規則的な生活になったほうだ。 「このベッド、シングルではないだろう。ここで寝ればいいんじゃないのか」  確かに亮次から譲り受けたそのベッドはセミダブルのものだ。  彼が初めてこの部屋に来たときは、セミダブルでもさすがに男二人が寝るのは狭いだろうとこたつで寝ていたが、今はそういう問題ではない。 「本当にいいのか」  母の日記をずっと手元に置いている彼を見て、せっかく今日のところは普段通りに眠ろうと思っていたのに。 「ああ」  悠利があまりにもあっさりとしているので、快は意味が分かっているのか少し不安になった。  だが頷いた彼を前に、これ以上いつも通りではいられない。  快はこたつから出ると、悠利の寝転がっているベッドに膝を乗せた。指が細く華奢な彼の手に自分の手を重ねる。  真下から見上げてくる悠利の目は微かに揺れていた。 (緊張してる、のか)  たぶんそうなのだろうと気づいた。快だって緊張していないわけではなかった。だけどできれば悟られたくなくて、平静を装ったままでその唇にキスをする。  右手で触れた陶器のような白い頬は滑らかで、色素の薄い髪はさらりと快の指の間を流れていく。  服の下の肌に快の手が触れると、悠利の体が小さく震えた。こらえるように目を閉じ唇を結んだ彼に、快はついこぼれるように笑う。 「好きだよ悠利」  口にするとより愛しさが溢れてくる。  そっと伸ばされた悠利の手が、快の顔に触れた。 「俺も、好きだ」  快は両腕で悠利の体をしっかりと抱きしめる。  ずっとこのままでいられそうなほどに伝わってくる体温が心地よくて――……大切にしたいと、心の底から思った。

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