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第4話 ⑥
先ほどよりも暗いところに座り込んでいた。
辺りを照らす街灯が見当たらなかったのは、建物と建物の間にある道とも言えないほどに細い路地にいるからだった。
ここがどこなのか詳しい場所はわからないが、とりあえず周囲に人の気配はない。
隣にいる悠利にたずねたところで、彼も今いる場所がどこなのかなどわかってはいないだろう。
それどころか建物の壁に背を預けて座り込んでいる彼は、顔を俯かせたままで少しも動こうとしない。
「大丈夫か」
心配になった快が静かにたずねた。
すると悠利が倒れ込んでくるように寄りかかってきて、快の肩に頭を乗せてくる。
「少し、肩をかしてくれ」
彼が自身の体を支え切れていないことは肩にかかる重みからわかった。当たり前だ。快が見ていただけでも二度の空間移動をして、そのうえわずかな間とはいえ降ってきた瓦礫を浮かせていたのだから。
だけどそれを強く否定できない。悠利が力を使っていなかったら、おそらく二人とも瓦礫の下敷きになっていた。
快は自分の着ているコートを脱いで悠利に被せると、その肩に腕を回してぎゅっと抱えた。
今ここでユキムラに見つかったりしたら、今度こそ逃げ切れない。
路地の暗闇に息を潜めているところへ携帯電話が振動して、快は思わずびくっとした。
(! 亮次さんっ……)
着信相手は亮次だった。快は少し辺りを見回してから、潜めた声で電話に出た。
「もしもし、亮次さん?」
『快、今どこにいるんだ。悠利も一緒か?』
電話の向こうの声は焦っていた。
「亮次さんこそどこにいるんだよ。俺、さっき電話したのに」
『実華子の車だ』
「実華子さんの?」
『で、お前はどこだ。アパートにいるのか』
「外だよ。たぶん近くだと……あ、ファミレスの看板が見えるかも」
『わかった、すぐ行く。もうちょっと目印ねえのか』
「そう言われても」
「誰と話してるの」
地を這うような声がしたほうへ顔を向けると、ユキムラが立っていた。肩が上下するほどに荒い息を繰り返している彼が、先ほど力を使ったことで消耗しているのは明らかだった。
「箱のありか、知ってるんでしょ。早く教えてよ」
暗い路地でうつむき気味に立っているせいか、ユキムラは先ほどまで以上に鬼気迫る様子だった。快は悠利を抱えながらもいつでも立ち上がれるように腰を浮かせる。
「箱を処分したら、本当に死ぬつもりなのか」
「もちろん」
ユキムラの返答には迷いがない。
「なんでそんな簡単に」
「簡単とか簡単じゃないとか、そういうことじゃないよ。大事な人が望んでることなら叶えてあげたいと思うのは当たり前だろ?」
大切な人、というのは誠二郎のことなのだろう。
何が彼にそこまで思わせているのかはわからない。だが言葉の裏にどんな理由が隠されていたとしても、同意はできない。
「あんただって悠利が同じことを望んでたら叶えてあげたいって思うよね」
「いや、思わねえよ」
ユキムラが意外そうに軽く目を見張る。
「へえ、意外。あんたは悠利のことを大事なんだと思ってたのに」
「大事だよ。けど俺は何があっても悠利には生きててほしいから、それだけは叶えられない」
たとえ悠利が、ユキムラの言っているようなことを望んでいたとしても。
「自分勝手だね」
「かもな。けど、お前は違うのか? 大事な人なら生きててほしいって思わねえのかよ」
「生きたいなんて思ってないんだよ。誠二郎さんはもう全部終わらせたいって言ってるんだから」
「だからって受け入れるのかよ。一緒に死ぬことより、一緒に生きることを考えるべきだろ」
ユキムラの口元に浮かんでいた笑みが消えた。
そして独り言を呟くように、彼が言う。
「……別に、あんたに理解してもらおうなんて思ってないよ」
ユキムラが上着のポケットからつかんで取り出した薬のようなカプセルを見て、快はぎくりとした。
もし快の予想が合っているとするならば、あれは初音家の力を得ることのできる薬だ。原理はよくわからないが、すでに疲弊しきっている様子の彼がそれを飲んではいけないような気がした。
「待てよ! それ以上飲むのは」
思わず立ち上がった快は、薬を握っているユキムラの手をつかんだ。すると彼がもう片方の手で快の首元をつかんで壁に押しつけてくる。
「これ以上邪魔するつもりならっ……!」
手にこもる力が彼の本気を物語っていて、このままではまずい。
「っ……くっ!」
思いきり腹を蹴り飛ばされたユキムラは、快から離れて後方に二、三歩よろけると地面に倒
れ込んだ。すでに相当消耗していたからか、そのまま動かなくなる。
快は咳き込みながらその場に膝をついた。振り向くと、悠利はもたれて座り込んだままで目を閉じていたが、息をしているのははっきりとわかってほっとする。
そこへ、ひときわ明るい光が暗く細い路地を照らした。
車のヘッドライトだった。
降りてきた人影がこちらへ駆け寄ってくる。
「快! 悠利!」
ライトの逆光ですぐには顔が見えなかったが、声ですぐに亮次だとわかった。
「お前! 無茶はするなってあれほど言っただろがっ」
「亮次さんこそその怪我」
「悠利はどうした。大丈夫なのか」
快の後ろで座り込んでいる悠利を見つけて、亮次がたずねてくる。
「たぶん気を失ってるだけだと思う」
「そうか。とにかく早く車に乗れ」
「うん……」
快はふと倒れているユキムラに目をやった。
「亮次さん。ほんと悪いんだけど、コート貸してくれない?」
「コート? ああ、悠利に貸してやってんのか。そりゃ寒かったろ」
「いや、俺じゃないんだけど……」
快は亮次から受け取ったコートを悠利にかけた。そして元々彼にかけていた自分のコートを、倒れているユキムラの体にかけておく。
「お前なあ」
「だってこのままじゃさすがに凍えるだろ」
ユキムラの言葉を聞いてわかったのは、おそらく彼は悪い人ではないのだろうということ。
少し方向性が違ってしまっているだけで、快が悠利や亮次を大切に思っているように、彼も誠二郎を大事に思っているだけなのだと。
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