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第5話 ②

 ルミエールの床には、棚から落ちたウイスキーや日本酒などの瓶の破片が飛び散っていた。 「五日間も店を休ませてしまってすみません」  手でつかめる大きさの破片を拾って、快はゴミ袋の中に入れていく。  実華子の家に滞在していた五日間、誰一人として病院へは行かなかった。  代わりに安静にしていなさいと実華子に言われ続け、世話をしてもらっていたおかげで、まだ怪我は治りきっていないものの体調はすっかり元通りだ。 「いいのよ。こういう機会でもなければ一日かけてお店を綺麗になんてなかなかできないし」 「でもこの床、アルコールが染みになっちゃってますよ」 「カウンターの中だもの。お客様からは見えないから大丈夫よ」  五日間も放置してしまったせいか、こぼれたお酒がすっかり床に染み込んで取れない染みを作っていたが、実華子はまるで気にしていない様子で笑っている。  被害はそれだけではない。  いつも常連客のキープボトルがずらりと並んでいる棚はすかすかの状態だ。 「お客さんのお酒、全部割られちゃったんですね」 「そうなのよ。お客様には新しいものをご用意すればいいけれど、弁償してもらわなくちゃ」  実華子が掃除機をかけている亮次のほうへ顔を向ける。 「なんで俺を見るんだよ。誠二郎に言えよ」 「どこにいるのか知らないもの」 「俺だって知らねえよ」  この店で起こったことは亮次から聞いていた。  快と、もちろん悠利も。 「すみません、実華子さん。俺のことで店を巻き込んでしまって」 「悠利君のせいじゃないわよ。元はといえばこの人がずっと一人で抱え込んでいたのが原因なんだから」  実華子が掃除機をかけ終えて一足先にカウンター席に座った亮次を見て言った。 「なら知ってて言わなかったお前も原因の一つだろ」 「ふふ、そうね。だから気にする必要はないっていうことよ、悠利君。快君もね」  快はぎくっとした。  おそらく自分にはどうすることもできなかったとはいえ、ルミエールに被害が出てしまって申し訳なく思っていたことを見透かされていたらしい。  初音家が代々守ってきた箱は、亮次が管理していることがわかった。だがこれからどうするのか、悠利はまだ何も言っていない。  箱を処分するつもりだとは聞いているが、いつ、どのようにして処分するのか具体的なことは何一つ話していないままだ。  割れた瓶の破片を入れたゴミ袋を持って店を出た快は、道路を挟んだ向かい立っている人物に気づいて足を止めた。  ユキムラだ。 「やあ。元気そうだね」  もたれていた電柱から背を離して彼がこちらへ歩いてくるので、快は思わず店のドアを閉めた。 「何の用だよ。言っとくけどここにあんたらの狙ってるものは」  言いかけたところで店のドアが開いた。 「ここにも事務所にも箱はない」  出てきた悠利がきっぱりと言い切った。 「お前っ、なんで出てくるんだよ。中入ってろって」 「お前こそ、なぜそう一人で何とかしようとする」  店の中に悠利がいて、亮次や実華子がいればユキムラが中へ入ってこないようにするのは当然だ。  だが目の前のユキムラは、いつもとは少し雰囲気が違っていた。 「ああ、今日はそういうのじゃないから。これを返そうと思っただけ」  そう言って快に投げてよこしたのは、倒れているユキムラに快がかけたコートだった。 「じゃあね」  拍子抜けしてしまうほどにあっさりと、彼は背を向けて去っていった。

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