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第6話 赤染

湯から上がって着替えを身につけ、髪を乾かして外に出ると、藍が廊下で待っていた。 「ご案内いたします。迷いますから」 藍はまだ頬が赤く、雅仁の顔を見ようとしない。 「頼む。……藍、顔が赤いぞ」 「お、お湯が熱かったものですから」 「そうか?俺はちょうどよかったが」 「うぅ、あの……ぬし様には御内密にお願いいたします。からかわれてしまいます」 「ん?何をだ?」 「あ、う、さっきの……」 藍は雅仁の浴衣の袖にすがりついて俯いてしまった。 「さっきの?どのことだ?」 「もう!咲原様!」 「くく。言わないよ。そんなもったいないことはしないさ」 屈みこんで藍の耳元に、 「二人だけの秘密だ」 そう囁くと、藍の頬はますます赤くなった。 廊下を進んで元の部屋に近づくと、突然藍が足を止めた。 まだ雅仁の袖を掴んだままだったものだから、自然と雅仁も足を止める。 「どうした?」 藍の頬はまだ赤い。 「あの……浴衣」 「ああ」 声が小さくて、雅仁は膝をついて藍と目線を合わせた。 「その浴衣、よくお似合いでございます……」 「そうか。ありがとう。いい色だな」 途端に、ぱっと藍の顔が明るくなる。 「本当でございますか!」 「ああ。好きな色だ」 小さな赤い頬が幸せそうに柔らかく緩んだ。 結局、紅月のいる部屋に戻るまで藍の頬は赤いままだった。 ◇ ◇ ◇ 「おや、お帰り」 部屋に戻ると、紅月は楡に酌をさせて酒を飲んでいるところだった。 「いいお湯だった。ありがとう」 「それは良かった。……ふふ。藍はどうしたのかい?顔が赤いじゃないか」 すぐに紅月に見抜かれて、藍が慌てる。 「あの、ちょっとのぼせてしまいましてっ」 「おや、更に赤くなった」 「ぬし様……」 半泣きで助けを求め、藍は紅月と雅仁を順番に見上げる。 「藍が背中を一所懸命流してくれてな。頑張りすぎて暑くなったんだろう」 「ふうううん」 まるっきり信じていない顔で紅月はにやにやと笑う。 「雅仁が言うなら、そういうことにしておいてあげようか。藍、楡、夕餉の支度をしなさい」 「は、はいっ」 慌てて藍が楡を連れて部屋を出ていく。 すぐに二人は膳を捧げて戻ってきた。 一つは紅月の前に。もう一つは向い合わせで。 どうやら今晩は紅月と対面で過ごすことになるようだ。 「そろそろいいだろう。楡、障子を開けなさい。藍は灯籠に灯を入れて」 楡が庭に面した障子を開け放った。 とうに日は沈んで辺りは暗くなっている。 しかし。唐突にぽうっと庭の灯篭が明るくなり、紅葉が闇に浮かび上がった。 大量の色紙を散らしたように、葉が鮮やかな赤や黄に染まっており美しい。 「ほう。確かに見事だ」 雅仁が思わず息を呑むと、紅月は得意げに笑った。 「だろう?今年は特に綺麗に色づいた。眺めていたらふと雅仁のことを思い出してね。これは見せなければと思ったんだよ」 「それは光栄だな。……おい、あの灯りは鬼火か?」 灯篭にともされた灯りをよく見ると、風もないのにゆらゆらと揺れたり、大小さまざまだったりする。 挙句の果てには、灯篭の外でも浮かんでともっている。 「便利だろう?油もいらないし、朝になったら勝手に消える」 「呆れたな。外から見られたら、幽霊屋敷と呼ばれるぞ」 「もう呼ばれてるさ。その方が面倒がなくていい」 飄々とした顔で紅月は言う。雅仁は苦笑した。 「さあ、冷めないうちに食事にしよう」

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