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第7話 紅葉酒
とりとめのない話をしながら、食事を楽しんだ。
やはり、雅仁が紅月に初めて会ったのは200年前だったようだ。
「もう。忘れてしまったのかい?雅仁が桔梗の名で妓楼 にいた時だよ。あんなに通ってやったのに」
紅月が少し拗ねる。
「悪い。あの頃は人が多かったからな」
「桔梗は人気だったからねえ」
天婦羅をさくりと齧りながら、昔を懐かしむように紅月が目を細める。
「愛想はなかったはずだがな」
「それが堪らなかったんだよ」
「商家に身請けされた後に紅月が顔を出したことは覚えているぞ」
「ふふ。大層驚いていたねえ」
雅仁は吸い物を啜って苦笑した。
「あまりに堂々としていたからな。……あの頃に比べて、今は妖が減ったな」
「人間に擬態する者が増えただけだよ。その方が生きやすいからねえ」
「今は……そうだな」
「現に私だって今は大人しく生きている」
雅仁は先ほどえげつない脅しを掛けられたことは黙っていることにした。
「雅仁だって、随分周りに溶け込んでいるようじゃないか。ちょっと前に外で見かけたよ」
「ええ?そうだったのか?」
「なんだかつまらなそうにしていたけれどね」
ふふ、と企むように笑った紅月は声を潜めた。
「藍も一緒にいたのだけれど、その時から、藍は雅仁に執心しているよ」
「そうか」
「先月、この着物を誂えに京都に藍を連れて行ったのだけれど、ふと雅仁の浴衣もと思い立ってね。そうしたら、珍しく藍がわがままを言って、自分に選ばせてほしいとね。長い間悩んでいたよ」
「ああ、なるほど。さっき、浴衣を気に入ったと言ったら随分喜んでいた」
「ふふふふ。そうかい。それは良かった」
食事が終わると、紅月は手を打った。
すぐに藍と楡が酒の用意をしてやってきた。
切子硝子の徳利と猪口の組み合わせが美しい。
「実はね。とっておきはもう一本あるんだよ」
自慢げに紅月が猪口をとる。
楡が酌をする。
雅仁の隣には藍がついた。
硝子の猪口に冷酒が注がれる。
くい、と雅仁は一口飲んだ。
「ん。すっきりして美味いな」
「うんうん。これは冷やにして正解だったね」
紅月も満足そうに頷く。
「藍も楡も好きに飲みなさい」
「ありがとうございます」
雅仁は藍の猪口にも酒を注いだ。
「藍、大丈夫だと思うけど、雅仁の勢いに飲まれると潰れるからね。なんせ大蛇 だから」
紅月がにやりと笑う。
「俺の酒好きは個人的なものだぞ」
「ふふふ。楡も強くないんだからほどほどに」
諌められた楡は少しふくれる。
酒は強くないが好きなようだ。
「楡、夕餉のししゃもは美味しかったかい?好物だろう?」
「はい。うまかった、です」
楡が機嫌を直して答えると、藍が笑った。
「楡ったら、真っ先にししゃもを食べてしまっておかわりを要求するのですよ。もうないと分かったら、泣きだしそうになってしまって。結局私たちの分を全て渡すはめになりました」
「あはは。良かったね楡。皆が優しくて」
紅月が楡の喉をくすぐると、目を細めてごろごろと満足そうに喉をならした。
「この屋敷は随分広そうだが、どれだけ人が居るんだ?手入れだけでも大変そうだ」
「私を除いて五人だよ。皆、人一倍、いや、三倍くらいの働きをしてくれるからね。たまに暇をやるようにしてるから、今一番の古株は藍だねえ。たまには羽を伸ばしてきてくれて構わないのに」
「行くあてもないですし、私にはぬし様のお側が一番心安らぐのです」
「へええ、そうかい?まさ」「ぬし様っ!」
にやりと笑った紅月の言葉を、頬を赤らめた藍が慌てて遮った。
「あはははは。藍は初な所が可愛いねえ」
「か、からかわないでくださいませ……」
煙でも上がりそうなほど真っ赤になった藍が俯く。
「ん、なんだい楡?」
機嫌の良さそうな顔をした楡が、紅月の膝に乗ろうとしている。
紅月が楡を抱き上げると、楡は紅月の首筋に顔を埋めた。
「どうしたんだい楡ったら……あ、もう、この子ったら一人で三合空けたね?油断も隙もありゃしない」
紅月が手を打つと、始めに雅仁を案内してくれた女性が襖を開けた。
「酒の追加を。楡が全部飲んでしまったよ」
「ふふ。楡は今日上機嫌ですから。すぐにお持ちいたします」
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