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第10話 戯れ*
湯殿を出て二人で廊下を歩いていると、澄んだ鈴の音が小さく聞こえた。
雅仁がため息をつく。
「紅月だ……。情緒も何もなくてすまないな。藍、後はすまないが自分の部屋にでも戻っていてくれ。俺はちょっと行ってくる」
藍の頭をぽんぽんと軽く撫でると、雅仁は廊下を曲がって紅月の部屋へ向かった。
部屋の前に来ると、「入るぞ」と声をかけ、立ったまま襖を開けた。
中では、相変わらず紅月が文机にもたれかかって座っていた。
硝子越しに灯りに彩られた庭を眺めながら時折猪口を口許に運ぶ。
「ここにおいで」
紅月は自分の前をぽんぽんと叩いた。渋々雅仁が言うとおりにすると、猪口を手渡され、酒を注がれた。
「たまには昔みたいに二人きりもいいだろう?」
紅月の手がひたひたと雅仁の頬を撫でる。
「昔よりはいささかでかくなったがな」
「これはこれで悪くないよ。また違った色気がある」
「色気、な。あるかな」
雅仁が呟くと、紅月が笑った。
「何を寝ぼけてるんだい。今の自分を鏡で見てごらん。藍を抱いて色気が溢れてるよ」
月明かりに、微かに熱っぽい雅仁の瞳が照らされる。
「ふん。そうか」
雅仁は猪口を空けると手酌で酒を注いだ。
「手を貸してごらん」
紅月は有無を言わさず雅仁の片手を取る。
「綺麗な手をしているね?」
「この姿では荒事はしてこなかったからな」
「家事は?」
「俺ができると思うか?……昔はしなくても何とかなったし、今はいつの間にか女が居つくようになったから労していない」
「女?」
「蛇帯だ。古道具屋で白い女物の帯に目を引かれて買ったら、いつの間にか」
雅仁は自嘲気味に笑った。
「ふふ。もてる男は羨ましいねえ」
紅月は雅仁の片手に唇を寄せた。ちろりと赤い舌が覗く。
「あは。相変わらず雅仁の肌は甘いねえ。甘露みたいだ」
「そうなのか?」
「初めて会った時からそうだったよ。ああ、食べてしまいたい」
「それは勘弁してくれ」
「ずうっと我慢してきたんだよ。一齧りくらいいいだろう」
うっとりとした目で、小指の付け根を甘噛みする。
「それは困る」
あくまで雅仁が拒むと、紅月は溜め息をついた。
「はあ。我儘だね。我儘な子は抱き潰すよ」
「は?俺が抱かれるのか?」
珍しく戸惑った顔を見せる雅仁。
「当たり前だろう」
「そろそろ逆転してもいいんじゃないか?体格的にも」
「私は嫌だねえ」
起き上がった紅月が、背後から雅仁の胸元に手を滑り込ませる。
「桔梗は、いつまでたっても可愛い桔梗なんだよ」
手荒く雅仁は前髪をかきあげる。
「その名は捨てたつもりなんだが」
「悪いね、私の中ではずっと生きてる。忘れられるものか」
言いながら、紅月は雅仁の着物の袷を少しだけくつろげて、胸の突起を指先でこね潰す。
雅仁は一瞬肩が震えたのを、酒を呷って隠した。
「耳が弱かったっけね?」
紅月は遠慮なくかぷりと耳朶に噛みつくと、尖らせた舌先で外耳をぐるりとなぞった。そのまま耳孔も舌で犯すと、熱い息を吹き込んだ。
「桔梗、黙ってても体は応えているよ?」
いつの間にかつんと尖った胸の先を指で掠められる。
今度は隠しきれずに背中が反って、紅月にぶつかった。
「いいよ。そのまま私にもたれておいで」
言いなりに紅月に背中を預ける。
紅月の腕が抱き締めるように前にまわり、熱い吐息が首筋を掠める。
胸を弄ばれる度に体が跳ねそうになるのを、拳を握りしめて堪え、耳を愛撫される度に甘い喘ぎが漏れそうになるのを奥歯を噛み締めて堪える。
不意打ちで首筋に舌が走り、うなじに甘く噛みつかれた。
「んっ」
「ふふ。我慢のしすぎは良くないよ」
紅月が指を鳴らすと、押し入れの襖が勝手に開き、敷布団が崩れるように落ちてきて、その上にシーツがふわりと舞った。
薄掛けの布団が最後に落ちてくると、音もなく襖が閉まる。
紅月が立ち上がって布団を部屋の中央にずらすと、戻って雅仁を抱きしめた。
「おいで桔梗」
紅月は自分より背の高い雅仁を軽々と横抱きにすると、布団の上に横たえた。
「くそっ……プライドズタズタだな」
自嘲気味に雅仁が笑う。
すると紅月は艶然と笑い返した。
「何言ってるんだい。気持ちよくしてあげるだけじゃないか」
するすると雅仁の帯を解き、浴衣を脱がすと手際よく畳む。
「ほら、桔梗。ちゃんと顔を見せてごらん」
雅仁の上に覆い被さると、両手で頬を捉えて正面を向かせた。
「ああ、その目、唇。変わってないねえ桔梗。綺麗だこと」
鼻先と頬に軽く唇を落とすと、深く深く口づけた。
容易く唇を割って舌が口内に押し入る。
あえて舌を絡めず、歯列をなぞり、頬を撫で、口蓋をからかうようにくすぐる。
雅仁はもどかしげに眉根を寄せた。
紅月が一度唇を離し、雅仁の下唇に甘く噛みつく。
噛みついては舌先で舐め、また位置を変えて噛みつく。
繰り返しているうちに、いらいらと雅仁の眉間の皺が深くなっていく。
とうとう我慢がならなくなった雅仁は、紅月の頭を抱くと、無理やり口づけて舌を奪った。
熱く熟れた舌が絡み合い、ちゅ、ちゅ、と音が漏れる。
絡んでは離れ、絡んでは離れしているうちに、いつの間にか主導権が紅月に戻っていた。
力の入らなくなった雅仁の手を取り布団に押さえつけると、舌を吸い上げ唇で扱き上げる。
「……んっ」
堪らず息を漏らした雅仁をくくっと笑い、舌の側面を舌先で煽った。
「私に逆らおうなんて千年早いよ」
首筋に唇を這わせる。脈打つ血管に沿って舌を走らせると、雅仁の背筋がぞくぞくっと震えたのが分かった。
そのまま鎖骨の窪みに息を吹き掛け、胸にまで唇を下ろす。
「や、やめろ」
「ふふ」
紅月が笑った息がかかっただけで身悶えた体に口づけを落とす。
熟れた果実のような胸の突起に舌を這わせ、勃った側面をぐるりと撫でる。
「……んっ……く」
きつく目を閉じた雅仁の堪えきれない声が紅月を煽る。
左の果実を口に含み、唇で優しく食む。
右は指先で摘み取るようにつまんで捏ねる。
強弱をつけた愛撫に、あっという間に雅仁の頬に赤みがさし、両手の拘束を解こうと力なくもがく。仰け反った雅仁の瞳に庭の紅葉が写るが、もはや目には入らなくなっていた。
「ん?どうするんだい?」
紅月が手を離すと、雅仁は喘ぎながら片手で自分の顔を掴むようにして隠した。
「あはは。口は押さえないでおくれね。声が聞きたいんだから」
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