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俺じゃダメなの?(1)
「高梨せんぱ~い!」
後ろから聞こえてくるその声に、体が強ばるのが分かった。この後の行動なんて分かりきっているから、振り返って阻止しようと試みる。
けれど、失敗。振り返った時にはもう、程良く筋肉のついた男らしいその腕に抱かれていた。
「……っ、抱きつくのやめろばか!」
「そんなこと言わないで下さいよ。俺はまだハートがぼろぼろなんだから」
……ハートがぼろぼろだって? そんなこと俺の知ったことじゃないし、知りたくもない。どうせ数ヶ月前に別れた元カノのせいなんだろ?
ものすごい力で抱きついてくる田崎から離れようと腕を掴むが、俺より背も高くて力もある彼に敵うはずもなく。田崎は未だ俺に抱きついたまま。
もう本当にやめて欲しい。好きな奴が他の奴のせいで悲しんでいる姿なんか見たくもない。
「離せって」
「嫌だ」
「田崎っ!」
「だって先輩、石鹸のいい匂いがして落ち着くんだもん」
「は?」
「明里と同じ匂い」
ああほら。俺に抱きついてる今だってコイツが求めてるのは、俺からの慰めでもないんだ。
今、田崎が必要としてんのは明里って言う元カノの代わりになるもの。
だったら俺じゃなくていいじゃん。石鹸の匂いのする他の奴に行けばいい。お前のことを好きな、お前にずっと片想いしてる俺なんかじゃなくて。
何で、どうして。お前は抱きついてる今も俺を必要としてくれないの?
苦しい……。胸が潰れそうだ。
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