196 / 224

空気が不足してる(3)

━━━━ 昼休み。 弁当を食べ終えて窓の外を眺めていると、楽しそうな笑い声が耳に入り、視線をその声の主へと向けた。 千尋だ。 「……っ、」 楽しそうに笑い合ってるのはクラスの女子数名。  何なんだアイツは。 俺の前ではあんなふうに笑わないくせに。 「くそ、」 見たくないのに見てしまう。 声が、耳に入ってくる。 (何だ? 胸が苦しい。) しばらくの間、目を離せずにいると、席に座っていた千尋が立ち上がった。 それから教科書を手に取り、喋っていた女子数名に手を振った。 向けられていた背中は見えなくなり、千尋と視線が絡み合う。  今日も質問かよ。 俺とは、質問以外に話すことは何もないのか。 「……うぜ、」 (すっげぇモヤモヤする。) (何かあるだろ、何か。) (……は? 何かって、何だよ。) (俺は、千尋と話したいの?)    「……はっ、……んだよ、それ」 俺は、千尋と仲良くなりたいのか? いや、違う。 仲良くなりたいわけじゃない。 それよりも、もっと。 ─────もっと? 「……っ、」 そう思った瞬間、心臓がうるさく鳴り出した。 千尋が、一歩ずつ近づいてくる。 来てほしい。 ……来てほしくない。 呼吸が苦しい。 (まただ、) (空気が不足してる。) 「ねぇねぇ」 俯く俺に、千尋が話しかける。  お前は今、どんな顔してる? 今日は、一段と呼吸が苦しい。 (空気が足りない。) (全然足りないよ。) 「昴くん、今日はね……」 「千尋」 「え?」 「ちょっと来て」 机に置かれた教科書を閉じると、俺は千尋の言葉を遮った。 驚く千尋の細い腕を掴み、そのまま隣の空き教室へと連れ込んだ。 それから鍵を閉め、死角になっているところで、千尋を思いっきり抱きしめた。

ともだちにシェアしよう!