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幸せになろうよ(5)
「柚樹。俺ね、お前が好きだよ」
柳瀬が、微笑んだ。
いつものように優しく名前を呼んでくれて、大好きな笑顔でそんなことを言った。
どくんと、俺の心臓が跳ねる。
押し込めていた気持ちが、蓋を破って今にも飛び出してしまいそう。
「どんなお前でも受けとめてやれる。俺は、お前の過去なんて気にしない」
「だから」
一歩近付いた柳瀬が、俺の手を握った。
「少しずつ、俺に心を開いて」
柳瀬の言葉に、その手の温もりに、涙が溢れる。
放課後の、誰もいない教室。
真剣な顔をした柳瀬。
柳瀬を目の前にして、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
どうしてこうなった?
俺はどうしたらいいの?
どうすべきなの?
一つだけ分かっているのは、もう既に恋に落ちてるってことだけで。
「……っ、」
いや、違う。それよりももっと大切なことも、分かってるじゃないか。
俺なんかが幸せになっちゃいけないって。
いつだってあの頃の俺が、あの時からずっと俺を苦しめている。
最悪なことをしてしまった事実は消えない。
全てが篠原のせいだなんて、都合良く思い込むことができていたあの頃とは違う。
蓋をして。
絶対に開けてはならない。
幸せを、与えてもらったらダメなの。
温もりを、もらっちゃダメ。
俺は、柳瀬の手を振り払い、走ってその場から逃げた。
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