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幸せになろうよ(7)
──
「ん……」
目を開けると、うっすらと夕焼けが広がっていた。少しだけ吹いている風も、涼しいというよりは寒いと感じる。あれからかなり寝ちゃったんだ。もうすぐ、午後の授業も終わるだろうな。
ぼんやりとそんなことを考えながら、ふぁ…と欠伸をして俺は上体を起こした。と同時にばさりと何が落ちる。見れば、誰かのブレザーが俺にかけられていた。
「……っ、」
俺に、こんなことをしてくれるのは、一人しかいない。きっと、柳瀬だ。俺は、そのブレザーに手を伸ばし、握りしめた。それから手に取り、ぎゅっと力を込めて抱きしめると、柳瀬の匂いでいっぱいになった。
風のせいでひんやりとしているけれど、優しさに包まれているようで心地良い。
「柳瀬……」
俺が、もっとちゃんといい子だったら……。
何も考えずに、迷うことなくあの腕に抱かれるのに。
「柳瀬……」
でも、もし俺が篠原に対していじめなんかしなければ、きっとこの高校に来ることはなかった。高田や篠原たちと同じ高校に通っていて、柳瀬と会うこともなかった。
それはそれでとても嫌だと、そんなことを考えてしまう自分が憎い。
結局いつまで経っても、大切なのは自分なんだ。人にばかり許されない迷惑をかけて、自分は大人になれない。
「柳瀬……」
俺は、ブレザーのボタンに指を遊ばせながら、また小さく名前を呼んだ。
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