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「やっぱり僕はこんな華やかな場所には不似合いなんだ」
エルンストは途端に羞恥に頬を染め、大広間から踵を返します。
「君!」
出口まで近づいた時でした。
大きな手に肩を掴まれました。
「ご、ごめんなさい、僕……」
目蓋をギュッと閉じて謝りながら振り返りました。
「君、よければ僕と踊ってくれないか?」
思いもよらない優しい声に、エルンストはそっと目を開けました。
金糸で縁取られた紅い上着と純白の脚衣を伸びやかな体躯に纏った青年が、エルンストに向かって恭しく手を差し伸べていました。
「ぼ、僕……と?」
黒髪と漆黒の瞳は理知的で、その姿は大広間の誰よりも一際輝いていました。
エルンストに声をかけてきたのは、王子だったのです。
広間中の人々が王子とエルンストを見て、「ほう」と感嘆の溜息を漏らしました。
皆はエルンストの美しさに見惚れていたのです。
「……は、はい、喜んで」
エルンストははにかんだ笑みを見せて、王子の手を取りました。
***
楽しい時間はあっという間でした。
エルンストの耳に十二時の鐘の音が聞こえ始めます。
「ぼ、僕、帰らなくちゃ」
エルンストは焦って、王子の手を振り解きました。
「すみません、失礼します!」
大きく一礼したあと、出口に向かって走り出します。
「君!」
王子の焦った声が追いかけてきました。
けれども、魔法が解けて、元のみすぼらしい姿を王子に見られることは絶対に嫌でした。
重たい門を必死に開け、階段を駆け下ります。
その間も鐘は鳴り続けていました。
「待ってくれ!」
王子の呼び止める声に後ろ髪を引かれながらも、エルンストは走り続けました。
その時でした。
「あっ」
ガラスの靴が片方、抜けてしまったのです。
慌てて取りに戻ろうとしたエルンストの目に映ったのは、自身の上着が薄汚れたシャツに変化していく様でした。
「!」
エルンストはガラスの靴を諦めて、また走り出しました。
肩で息をしながらやっとの思いでお城の敷地内から出た時、エルンストの衣装は元のシャツとズボンに戻っていたのでした。
「あれ……?」
だけど、ひとつだけ元に戻っていないものがありました。
それは、ガラスの靴でした。
「どうして、これだけ魔法が解けないんだろう?」
エルンストは片方だけ残った靴を脱ぐと、手のひらに載せて間近で見てみます。
精緻で美しい作りは見れば見るほど、エルンストを魅了しました。
そして思い出すのは、今しがたまで踊っていた王子ではなく、この靴を与えてくれた魔法使いのことでした。
魔法使いのお陰で、エルンストはこんなにも素晴らしい時を過ごすことができたからです。
「僕へのご褒美って言ってたよな……。でも、どうして魔法使いさんは、僕のことを知っていたのだろう」
エルンストは魔法使いに感謝しつつも、疑問を抱えたまま、家に戻っていきました。
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