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*** 朝から、雨がしとしとと降っていた。 窓に付いた雨だれの影が白い床に映っている。 『牛乳は嫌いだ』 俺は朝食に出された牛乳をコップに残したまま、検索ロボットに近づき、そう入力した。 「牛の乳汁。タンパク質・カルシウム・ビタミンが豊富に含まれ、栄養価が高い。…………好き嫌いは、よくありません」 そいつは取り澄ました顔でそんな言葉を付け加えた。 「……あ、また説教された」 俺は小さく頬を膨らませながらも笑いが込み上げてくる。 これまで、俺が何を食べようが食べまいが、誰にも何も言われたことはなかった。 父親は、俺には関心がない。 俺が学校に行ってないことも知らないのかもしれない。 ……知ったところで何も思わないだろうけど。 『雨も嫌いだ』 俺は続けて文字を打った。 「空から降ってくる水滴。…………湿気は大敵です」 「そっか、おまえ一応、精密機械だもんな」 ククッと肩を揺すって笑う。 こいつは俺が入力した質問や語句の解説をしたあと、何かしらの言葉を返してきた。 アップデート機能もないようで、本で読んだ新しい知識について尋ねてみても、やはり古めかしい答えが返ってくるだけで何の役にも立たない。 けれども俺は話しかけるかのように様々な言葉をこいつに入力するようになっていた。 本来の使い方からは随分と逸れてしまっているのかもしれない。 「じゃあ、おまえは……」 ノックの音が聞こえて、口を噤んだ。 メイドが部屋に入ってくる。 残された朝食にもちろん何のコメントもなく、すべての皿をトレーの上に載せると静々と部屋を出ていった。 パタンとドアが閉まり、雨の音だけが広い部屋の中をまた占めていく。 俺はこの音が嫌いだった。 窓辺に寄って空を見上げた。 「早く止めばいいのに……」 視界は一面の濃い鼠色の雲に覆われていた。 降り続ける雨の音だけが俺を満たしていく。 すると、俺はこの世界にたった一人だけで立っているような気がする。 振り返って検索ロボットを見た。 『私が居ます』 もう一度、その声が聴きたかった。 雨の音を掻き消すかのように、俺はキーボードで言葉を入力する。 雑音が混じってるけど……それでも、これは声だ。 ……俺は、この部屋に、この世界に、もう一人じゃない……。

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