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⑤‐4
***
三条(さんじょう)が入院していると知ったのは、金曜のことだった。
今週、三条は一度も屋上に現れなかった。
『感染症っていうんですか? 傷からバイキンが入ったそうですよ』
三条と同じクラスの男子生徒の声が蘇る。
俺は息を切らしながら、病室の入り口に掲げられた名札を確認し、扉を開いた。
「三条!」
名を呼びながら、閉められていたカーテンを勢いよく引く。するとそこには、横たわる三条とそれを取り囲むように医師と看護師が立っていた。
「今、診察をしていますので、外でお待ちいただけますか」
看護師の冷静な声に俺は我に返る。
「す、すみません」
小さく頭を下げて、カーテンを閉めた。
けれど、俺の目にはすでに焼き付いていた。
ガーゼを取り換える看護師の手元から見えた、何かに抉られたような無数の腹の傷が。
そこは化膿し、変色していて、まるで死肉のようだった。
そして、俺を見上げる三条の虚ろな瞳が――。
病室の前で、俺はイライラとしながら診察が終わるのを待った。
医師たちが出て行くと、すぐにまた中へと戻る。
「三条!」
カーテンを開けて呼びかけると、空(くう)を見ていた三条がゆっくりと俺に視線を向けた。
「先輩……。来てくださったんですね」
「ああ、大丈夫か?」
問いながら、ベッド脇に置いてあった折り畳み椅子に腰を下ろした。熱があるのか、冷たい印象のある三条の整った顔が僅かに赤くなっていた。
「平気ですよ」
しかし三条はいつもと変わらない声音でそう答えた。
「きちんと消毒してたつもりだったのに」
自嘲する三条に、俺は責めるように言い募る。
「消毒してたって、一体どうしたんだこの傷は。どうしたらこんな傷ができるんだよ!?」
布団から出ていた三条の指先がヒクリと動いた。
「……もしかして誰かが、おまえにこんな酷いことをしたのか?」
言いながら、怒りが腹の底から沸々と湧いてきた。
「だったら、俺がそいつを……」
「違いますよ、先輩」
三条は鼻先で嗤うような声で俺の言葉を遮った。
「誰もそんな人、いませんよ。僕が、やりたくてやったんです」
三条の答えに俺は眉を顰めた。
「やりたくて……? おまえが自分でやったって言うのか? こんな酷い傷を!?」
訳がわからず、思わず大きな声を出してしまったときだった。
「三条くん!」
弾んだ声とともにカーテンを開けたのは、百合亜(ゆりあ)だった。
百合亜は三条の隣に俺の姿を見つけるや否や、目を瞠り、カーテンの端を握ったまま立ち竦んだ。その顔はまるで、幽霊にでも出会ったかのように、引き攣っていた。
「百合亜も、三条の見舞いに来たのか?」
「え、ええ」
「言ってくれれば一緒に来たのに……」
訝しげに言うと、百合亜は戸惑ったように視線を左右に揺らした。
「そ、そうね……」
「……ってください」
その時、ベッドから聞こえてきた小さな声に俺は驚いて振り返った。三条がこれ以上ない嫌悪を滲ませた瞳で百合亜を睨み付けていた。
「どうした、三条……?」
「ここは、あなたなんかが来る場所じゃない。帰ってください。そして、二度と、僕と先輩の前に現れないでくださいっ!」
それは初めて聞いた、三条の激昂した声だった。
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