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⑥僕だけの水玉

『真音(まさね)くんってお絵かき、とても上手だね』 幼稚園で出会ったひとつ年上の比呂(ひろ)くんにそう褒められて以来、僕は絵を描くことが大好きになった。 比呂くんに褒められたいがために、絵を描いて描いて描きまくった結果、僕は今、美大生だ。 *** 「すごいよ、真音の絵。真音にはこんなふうに世界が見えてるのか? なんて言ったらいいか……、圧倒される……」 比呂くんは感じ入った声で呟くと、微かに口を開けて、僕の絵を食い入るように見つめている。 今日は比呂くんとふたりで、賞を取った僕の絵が展示してある美術館に来ていた。 「胸が苦しいくらいだよ、真音はほんとすごいね」 僕を振り返って眼鏡の奥の瞳を細めた比呂くんに、頬がカッと熱くなる。 賞を取ったことなんかより、比呂くんの褒め言葉のほうが何百倍も何千倍も嬉しかった。 比呂くんはとっても頭が良くて、大学では理論物理学を学んでいる。 時々、研究内容を教えてくれるけど、僕にはさっぱり理解できない。 「ありがと」 僕はお礼を言って、はにかんだ顔を俯ける。 ああ、僕、この絵を描いて本当によかった、心底そう思った。 「あ、こっちは彫刻か?」 けれど比呂くんはそう言うと、僕の絵の前から歩き出した。 「俺、最近彫刻も気になるんだ。うわ、でかいな……。なのにすごい躍動感だ。美しい……」 比呂くんはたちまち会場中央に配置された女性の像に夢中になった。 「……っ」 すると、僕の胸は潰れたかと思うくらいに痛くなる。 「なあ、真音もそう思わないか?」 比呂くんが笑顔で僕を振り返った。 「…………」 僕は返事もせず、その顔から視線を落とすと、胸の痛みを堪えるようにギュッと拳を握った。 ――比呂くんはいつもそうだった。 小学校からの帰り道、比呂くんを待ち伏せして、やっとふたりでお話ができると思ったときも。 『真音、見て! あの花、とても綺麗だね! オシロイバナかな? ほら、種もある!』 比呂くんは道端の花に駆け寄っていき、夢中になった。 中学時代、偶然を装って一緒に帰ることができたときも。 『来て、真音! すごく可愛い犬がいる! お手!』 比呂くんは人んちの庭先の犬に夢中になった。 高校時代、勇気を出して比呂くんの家に遊びに行ったときも。 『ねえ、真音、このCD聴いてみて! すごくいい曲だから!』 何時間もクラシックを聴かされた。 ――僕は気づいてた。でも気づかないふりをしていた。 比呂くんは……、何でも褒めるんだ。

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