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⑧ブルーモーメント
家庭科室は迫る文化祭の準備に追われる生徒たちで溢れていた。
俺たちのクラスだけではなく、ミシンを使うため、他学年の生徒たちもいて騒がしい。
「これくらいでよか?」
衣装担当の町田れい子が俺の肩あたりの布をまち針で仮止めしながら訊ねてくる。
俺が今着せられているのは、シンデレラ役の真っ白なドレスだった。
踝まである長い裾と膨らんだ袖の先にはレースが縫いつけられている。
加えて、肘まである共布の手袋まで嵌めさせられていた。
俺たちのクラスは『男女逆転シンデレラ』を演じることになっている。
そして、なぜかクラスの投票で俺がシンデレラ役に決まったのだ。
「も少し緩くして。まだ苦しか」
俺がしかめっ面で答えると、町田が俯けていた顔を上げ、眼鏡の奥から改まった眼差しを向けてくる。
「そっか、こんな綺麗な顔しとっても、川瀬(かわせ)は男子やもんね。思った以上に肩幅あるわー」
「当たり前やろ」
憮然とした声で答えながら窓辺に目をやる。
そこには腕を組んでこちらをじっと見ている高峰(たかみね)がいた。
(……あいつ、先帰っていいって言ったとに)
上背のあるがっしりとした体躯をした高峰の学ランが、窓から入る夕陽を遮っている。
高峰は大道具係の仕事を終えると、いつもこの家庭科室にやってきた。
かといって、手伝いをするわけでもなく、他のクラスメイトと談笑するわけでもなく、ただただ俺が終わるのを待っている。
女子がほとんどのこの教室に無愛想な高峰は、はっきり言って浮いていた。
(一体、何がしたいっちゃん)
俺は心の中で悪態を吐いた。
高峰はいつもそうだった。
家が近所で子供の頃からずっと一緒に居た。
だけど俺のことをじっと見ているだけで、何も言わない。
(そう、あいつは、何も言ってくれん……)
俺は苛立った視線を高峰に送った。
すると高峰は俺の視線を引き剥がすように、くるりと背を向ける。
(なんやん、それ……)
ピリピリとした苦い感情が胸のあたりに広がっていく。
窓に手をつき、グラウンドを見下ろしている高峰の背中から、俺も乱暴に視線を逸らした。
「うおっ、川瀬! めっちゃお姫様似合っとるやん!」
「やべっ! すっげー美人!」
練習を終えたサッカー部の入江と小森谷がどやどやとやってきた。
そして俺を見ては口々に好き勝手言い始める。
「うっせーな、見んなよ。ってか、おまえら大道具の仕事しとらんやろ」
俺が剣呑な声を出しても、奴らは怯む様子もなく、俺を取り囲んだ。
「えー、だって俺ら、もうすぐ試合あるっちゃもん」
小森谷が平然とした顔で言ってのける。
「あー、それにしても俺、川瀬ならいけるかもしれん」
俺を上から下まで舐めるように見た入江が、しみじみと言った。
「わかる! 俺も!」
入江の言葉に小森谷が手を叩いて同意する。
「おまえらなぁ……」
「ちょっと、あんたたち! 邪魔するんやったら出てってよ!」
町田が腰に手を当て、怒鳴り声を上げたときだった。
「きゃー、すっごい可愛か!!」
「似合い過ぎるっ!」
教室の片隅から複数の黄色い声が聞こえてきた。
その場にいる全員が一斉にそちらを振り向く。
たくさんの女子生徒に囲まれるようにして、まるでディズニー映画から飛び出してきたかのような白雪姫がそこに立っていた。
学校中でも可愛いと評判の一年の女子だ。
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