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⑨茜色の明日

夕暮れの神社には、蝉の声だけが響いていた。 神社の隣には小さな広場があり、すべり台やブランコなどの遊具も設置されているが、もう子供たちの姿はない。 「直央(なお)くんとここに来るの、すごく、久しぶりだね」 俺の少し後ろを歩く倫(りん)が、今にも消え入りそうな声で言った。 「あ、ああ。そうだな」 近所の子供たちにとってこの神社は、かっこうの遊び場だった。俺と倫も例外ではなく、小学生くらいまではよく缶蹴りやら鬼ごっこやらをして遊んだもんだ。 今にも遊具の後ろから、神社の裏から、はしゃいだ声を上げながら、小さな俺と倫が走り出てきそうな錯覚に陥る。 けれど中学二年になった今では、ここに来ること自体が珍しかった。 あの頃の俺たちとは、もう随分と遠く離れてしまった。 「で、話って何なの?」 倫の問いかけに俺は立ち止まった。思い切って振り向くと、倫の奴は居心地悪そうに俯いていた。 そりゃそうだ。 俺と倫が面と向かって話をするのなんか、一体何年振りだ?って勢いだ。 辺りには蒸し暑い空気が充満している。 それなのに倫は真っ白いポロシャツのボタンを一番上まできっちり留めていた。 几帳面に刈り上げられた襟足に反して、前髪は目にかかりそうに長い。 俺は時間を埋めるかのように、黄色のタンクトップの上に羽織ったシャツを、風を通すようにパタパタと扇いだ。 ボトムのダメージデニムはダメージを食らい過ぎていて、右脚なんかとっくに膝小僧が丸見えになっているから、涼しいっちゃ涼しいのだが。 早いとこ話を終わらせて、こいつを解放しないと。 そう思いながらも、なかなか言葉が出てこない。 俺なんかと一緒にいるところを他の誰かに見られたら、余計に倫の立場が悪くなる。 「あー、蝉うるせーな」 俺はブリーチし過ぎて色褪せた金髪をイライラと掻きあげた。 神社と広場は雑木林に囲まれていて、町中の蝉たちが集まってきてるんじゃないかと思うほど、その声は騒々しく、辺りに反響していた。 「ま、でも一週間の命って言うもんな。可哀想だから我慢してやるか」 独り言のように言って、俺は倫に向き直った。 「なあ、倫。おまえにもう何も言えねーように、あいつ、俺がシメてきてやろっか」 倫の全身が目に見えてビクリと戦慄いた。 両腕を身体の脇にまっすぐに伸ばし、固く拳を握り締めている。 俯いたまま、何かに耐えるように倫は下唇を噛み締めた。 「明日から二学期だろ。今日のうちにボコっとけば、おまえもちっとは学校……」 「どうして、可哀想だって決めつけるの?」 俺の言葉を遮って、キッと眼差しを強くした倫が顔を上げた。 「んあ?」 俺は間抜けな声を出す。 「何の話だ?」 「蝉。どうしてみんな、蝉のこと、可哀想だって言うの?」 「は? そ、そりゃあ、何年も地面の中に居て、ようやく出て来れたと思ったら一週間で死ぬんだぞ? そんなの当たり前……」 「どうして? どうして、地面の中に居るときは幸せじゃないって決めつけるの? もしかしたら蝉はずっとずっと幸せだったかもしれないじゃない! 地面の中に居ても、外に出ても! なのにどうして、……どうして、可哀想だなんて言うの? どうして勝手に幸せか幸せじゃないかなんて、決めつけるの?」 倫が一気にまくし立てた。 その声は興奮のせいか、怒りのせいか、かなり震えていた。だが、子供の頃から変わらないその澄んだ瞳は寸分も揺れることはなかった。 「……いきなり、どうしたんだよ」 俺は束の間絶句したあと、気まずく額を掻いた。

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