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⑨‐2

「……直央くん、ごめん」 すると、深い息を吐いた倫が俺から視線を落とした。 「心配しなくても大丈夫だから。僕は……幸せだよ」 そして、そう呟いた。 「はあ? 何言ってんだよ!」 俺は目を眇めて、思わず倫に詰め寄る。 「おまえ、あいつに何されたかわかってんのか? 生徒会長かなんだか知らねーが、まだあんなクソの肩持つのかよ! 俺はあんないい子ちゃんの仮面被った下衆野郎が一番気に食わねーんだよ! あいつはおまえの気持ち、踏み躙ったんだぞ? それどころか、おまえのこと、学校中に言いふらしやがっ……」 「直央くん!」 倫の叫ぶ声に、俺はハタと我に返って言葉を止める。 「僕は彼に告白したことを後悔していない。もちろん、彼を好きになったことも」 俺を制するように、倫が冷静な声を出した。 噂は、瞬く間に広がった。 学校での倫は針の筵のはずだ。それなのに倫は一日も学校を休まず、夏休みを迎えた。 「僕は女の子を好きになれなくても、自分のことを可哀想だとは思わない。僕の幸せは、僕が決める」 そして、顔を上げて毅然とそう言いきった倫に、俺は頭をガツンと何かで殴られたような衝撃を受けた。 「倫……」 こんな倫を見たのは初めてだった。 頭はいいが、大人しくて、繊細で、優しすぎるところがあって、俺の中の倫はいつも躊躇いがちな笑みを頬に浮かべていた。 でもこれが、本当の倫……なのか? いや、俺の知らない間に、倫はひとりで、こんなに強くなるしかなかったのか? 「……わかったよ」 倫の前に続く道は、大勢の人間がぼんやり歩く道より、険しいに決まっている。 俺は込み上げてくるものを無理やり喉の奥に呑み込んだ。 「じゃあ俺は、おまえを信じる。倫が幸せだと信じる」 倫の瞳を見つめて、俺も言いきった。 「……ありがと、直央くん」 張り詰めていた倫の目元が緩む。 沈んでいく夕陽は俺と倫の半身を、静かな神社を、誰もいない遊具を、世界のすべてを、等しく同じ色に染め上げていった。 蝉の声が降り注ぐ。俺の耳にはその声が、今までとは違って聞こえていた。   ***「茜色の夕日」終わり

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