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⑩君の声が聞こえる
「聞こえる?」
『キキキキーーーーーーーーーッ!!!!』
急ブレーキの音。
激しい衝突音。
鉄臭い匂い。
そして生温かい液体の感触。
青い空に赤い丸。
「聞こえる? 君を呼ぶ僕の声が、聞こえる……?」
***
「ほとんどの皆さんが今後、最高学府での勉学を続けられると思いますが、この柳生館高校で学んだ質実剛健の精神を……」
ハッと目を覚まし、身体を震わせた後、僕はキョロキョロと辺りを見回した。
目の前には制服を着た男女が椅子に腰かけて並んでいて、ステージ上では校長が式辞を述べている。
「おい、榛名(はるな)、どうしたんだ?」
隣に座っていた田辺(たなべ)が僕のほうに身体を傾け、心配そうに囁く。
「あ、いや、これって、卒業式……?」
「何言ってんだ榛名、大丈夫か? もう式が始まって三十分以上は経ってるぞ?」
戸惑いを隠せない僕の顔を田辺は怪訝な眼差しで覗き込んだ。
「それにしても校長の話、相変わらずなげーな。ま、一年の俺たちに取っちゃ、授業がない有り難い日ではあるけど」
あくびを噛み殺しながら田辺が小さな声でぼやく。
僕は落ち着かない気持ちでもう一度会場内を見渡した。
正装をした教師たち。来賓の列。僕たちの後ろには保護者席。
やっぱりどこをどう見ても卒業式の光景だった。
そんな……どうして?
だって、卒業式はとっくに終わったはずだった。
そして、この後……
あれ……?
この後、……なんだ? とても重要なことのはずなのに……。
僕は必死に脳内の記憶を手繰り寄せてみるが、胸の奥に鈍い痛みが走っただけで、卒業式のあと何があったかは思い出せなかった。
まるで頭の中に靄がかかったみたいだ。
一体僕、どうなってんだ? なんで卒業式を繰り返してんだ?
いや、夢でも見ていた?
理解できない状況に僕の胸は不安に押し潰されそうになる。
「卒業生答辞。三年一組 鳥海 衛(とりうみ まもる)」
しかし、その名が聞こえて、僕の心臓がふいに跳ねた。
「やっぱり今年の主席卒業生は生徒会長の鳥海先輩か」
壇上に上がっていく男子生徒を見ながら、田辺がひそひそと囁いた。
「おい、知ってるか? 鳥海先輩はなんとK大の……」
「法学部に進学、だったよね?」
僕は田辺のセリフの後を継ぐ。
「なんだ、榛名も知ってんのか。弁護士目指してるらしいよな、鳥海先輩」
田辺とのこの会話を僕は覚えている。やっぱり夢なんかじゃない。
これは二度目の卒業式だ……!
僕は檀上でマイクの前に立ったその生徒をじっと見つめる。
鳥海先輩はまっすぐに全校生徒を見下ろしていた。
背筋の伸びた体に濃紺の学ランがよく似合う。
少し色素の薄い髪の毛、理知的な眼差し、端正な薄い唇に、穏やかな表情。
僕の心臓はしだいに鼓動を強めていく。
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